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「アクチュアリテ 食」関口涼子

マルセイユにおける、新しい食の潮流

 マルセイユと聞いて、何を思い浮かべるだろうか。港町、ブイヤベース、マルセイユ石鹸。フランスでは、マルセイユは一般的にあまり評判が良くない。治安が悪いとか、汚いなどと思われることが多いのだが、この数年、そのイメージが急変している。国内外からの観光客が増え、新しいレストランも次々と開店。マルセイユの住民自身が驚くほどの変わりようだ。

 この状況は、2013年にマルセイユが「欧州首都」に選ばれた時から始まったという。600以上のイベントが開催され、海外からの旅行客を集めたこの年、マルセイユの住民は、自分たちの街に潜在的な魅力があることを自覚した。ヨーロッパ地中海文化博物館も開館し、地中海文化の豊かさを知らしめることになった。

 ガストロノミにおいては、この地方では初めて三つ星を獲得したジェラール・パセダのレストラン「ル・プティ・ニース」が地中海料理のイメージを高級料理まで引き上げ、それに続いてアレクサンドル・マッツィアが変化の牽引役になった。レストラン「AM」のこの若きシェフは、その異才でたちまち二つ星を獲得、大衆的とされていたこの街の可能性を開いた。その後、マルセイユ出身のシェフだけではなく、他の地方からもこの街に来て店を開く若い世代のシェフが増えたのは、確実に彼の影響が大きい。個性が強い街なだけに、よそ者を受け入れないのではと思いがちだが、他の地方都市よりも外からの移住者に開かれた部分があるのは、マルセイユの大きな強みだ。


アレクサンドル・マッツィアのレストラン「AM」のアミューズ

 また、マッチョな街だと思われがちだが、女性のシェフやソムリエが多いのも特徴。レティシア・ヴィスは、パリでの修行を積んだ後マルセイユに移り住み、その名も「肉屋の女」という名のレストランをこの夏開店。内臓などを扱った骨太料理で人気を集めている。「ゴエミヨ」の最優秀ソムリエに選ばれた、モンプリエ出身のローラ・ヴィダルは、マルセイユでレストラン「ラ・メルスリ」を開いている。

 港町であり、地中海文化を体現するこの街は、様々な国からの移民が最初にたどり着く場所だった。マルセイユのどの人間も、多くは複数のオリジンを持っている。多様な食文化を提供するにはまさにうってつけだ。

 この7月の地方選挙では、折しもマルセイユ初の女性市長が誕生したばかりだ。左翼でエコロジストの市長のもと、マルセイユはさらに大きな変身を遂げるだろう。

◇初出=『ふらんす』2020年9月号

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著者略歴

  1. 関口涼子(せきぐち・りょうこ)

    著述家・翻訳家。著書Fade、La voix sombre、訳書シャモワゾー『素晴らしきソリボ』

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