香りもよく、食べられるブーケはいかが?
食べられる花、エディブルフラワーが現れてから随分経つが、ハーブを使った花束を見たことはあるだろうか。フランスの花業界では30年ほど前、〈jardin庭〉をイメージした、自然に近いスタイルが一斉を風靡し、最近ではその傾向がさらに進み、〈champêtre田園風〉がパリのフローリスト、フイヤジスト(feuillagiste、葉ものや枝ものを扱う)たちの美意識となっている。
芍薬やスカビオサに混じってコリアンダーの花やキイチゴが香る
吉田悠さんもその一人。彼女は、ヴェルサイユの先にある、ラ・シェライユという小さな村に住み、花の栽培から切り出し、装花までを行っている。日本でもこの職業についていたが、より花に近い生活を望んでこの形になったのだという。
「この村に住む、パリで有名なフイヤジストのクリストフ・ゴドフロワのところに研修で来た時、最初の仕事がミラベルの収穫作業で……」と笑う。今でも彼の敷地に家族で家を借り、花の栽培や配達の仕事と並行してフローリストとしての活動を続けている。
畑には、野菜の隣に花が並ぶ。「花があるので、自然と野菜に虫が付かなくなるんです」と。ワイルドキャロットの花、コリアンダー、キイチゴなども立派な花材になる。花が育つ環境で暮らし、毎日植物の状態を見ながら、丁度良い切り出し時期を判断することまでが自分の仕事なのだと吉田さんは言う。
ブーケに入っている花や葉が食べられるのは新鮮な驚き。でも彼女は、特に「食用ブーケ」を売りにしているのではなく、庭に生えている美しい植物を選ぶと自然にそうなるのだという。花も野菜も、同じ植物なのだ。彼女の作るブーケはそう教えてくれる。彼女の花束は、その前日に切られているから新鮮そのもので、香りがいい。通常は、花が店頭に並ぶまで最低3日かかるという。
食の世界でスタンダートになりつつある、地産地消、低農薬は、花業界でも新たな傾向になっている。パリの花屋では、近郊の花栽培家から仕入れている、と謳うところもあるという。また、吉田さんは「季節のブーケ」という言葉をよく使うが、確かに、いつの季節でも温室栽培のバラやチューリップなどがあって当然というのは、トマトを冬に求めるのと同じだ 。
日本では、花屋が花材を食用と表記することはできないらしいが、自宅で、バジルやミントなどを好きな花と組み合わせてみると、新しい楽しみが生まれるかもしれない。
◇初出=『ふらんす』2020年10月号