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「アクチュアリテ 食」関口涼子

フレンチの定義を広げるフィリピン料理店

 外国料理のレストランというのは、どんな国においてもその国が他の国と結んできた関係を表している。そういう意味では、フランスも、旧植民地であったり、難民を受け入れた国などの料理を提供するレストランを擁しているわけだが、そこから外れた国の料理にお目にかかることは比較的稀だ。最近できたフィリピン料理「Reyna」はその例外にあたるだろう。

 この店を仕切る女性シェフ、エリカ・パレデスの経歴も、フランスとしては例外的だ。フィリピンに生まれ、オーストラリアやアメリカでの経験を経てパリに6年前にやってきた彼女は、アメリカで出会ったレバノン人と日本人のシェフのコンビが経営するレストラン「モコロコ」で働いてから今の店を開いた。

 フィリピン料理と言っても、メニューを見ていると、イタリアのチーズブラータがあったり、「イカそうめん」があったりと、ここはどこの国のレストランだっただろう、と一瞬分からなくなってしまうほど、さまざまな食材が入り乱れている。

 しかし、シェフ自身が、自分の食の原体験には家庭で食したタイ料理やインド料理のスパイスの匂いがあると語っているように、そもそもフィリピン料理自体が、マレーシアやインドネシアと文化を共有し、また、スペイン料理、インド料理、中華、アメリカ料理など、さまざまな食文化の影響を受けてきた。それら多様な文化からの影響と借用、共存を先鋭的かつ意図的に可視化する形で構成したのが、このレストラン「レイナ」の料理だと言える。

 パリ9区で韓国テイストのモダンフレンチレストラン「ペルティナンス」を開いたスクウォン・ヨンシェフも、やはりロサンゼルスとオーストラリアを経由してパリに来ているが、最近は、フランスでシェフになることを最初から目指すのではなく、英語圏を経由してフランスで働くシェフも出てきている。彼らの料理は、日本人シェフのフレンチに見られるような、フレンチを主体に和のニュアンスを盛り込むという二つの食文化の組み合わせではなく、自分がそこまでに辿ってきたさまざまな道のりを反映し、多くの文化が自由に交差している。

 パリでは世界中の料理を口にすることができるとはよく言われるが、それが意味するのは、ただ単に、ブラジル料理、イラン料理、モンゴル料理、エチオピア料理など各国のいわゆる伝統料理が食べられるということだけではない。複数のルーツを持っていたり、多くの食文化に触れながら料理人としての道のりを歩んできた料理人たちの作る料理というものがこの街には存在する。フランス料理の定義を多方に広げていく彼らの料理に出会えること。それこそがパリの食文化の真の豊かさではないだろうか。

◇初出=『ふらんす』2023年5月号

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著者略歴

  1. 関口涼子(せきぐち・りょうこ)

    著述家・翻訳家。著書Fade、La voix sombre、訳書シャモワゾー『素晴らしきソリボ』

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