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「アクチュアリテ 食」関口涼子

フランスパンがユネスコ無形文化遺産に

 昨年11月末、バゲット(フランスパン)がユネスコの無形文化遺産に登録された。食分野ではこれまでに「フランスのガストロノミー」が無形文化遺産登録を果たしている。日本は2013年に和食が無形文化遺産となり、他には地中海料理、メキシコの伝統料理、トルココーヒー、韓国のキムジャン、イタリアのナポリピザなどが登録されている。

 評価されたのは、正確に言えばバゲットそのものというより「バゲットを作るための職人技術と、バゲットにまつわる文化」だ。認定には、バゲット作りに関わる、小麦栽培農家、粉挽職人、パン職人などの技術全てが含まれる。フランス人とパン屋の深い関わりもまた文化のひとつだ。フランス製菓製パン協会会長のドミニク・アンラは、「子供の最初のお使いは、パン屋にバゲットを買いに行くことです」と語る。しかしパン職人たちの評価は、必要に駆られてのことでもある。フランスには約3万3千人のパン職人が存在するが、ここ50年間、毎年400軒のパン屋が閉店の憂き目にあっている。また食業界の人手不足は製パン業界にも顕著で、現在9000人のパン職人のポストが空いているのだという。

 バゲットの世界無形文化遺産登録には国内で異論もある。自国の文化が認められても手放しで喜ばないのがさすがのフランス人だが、アンチ・バゲット派の言い分は、バゲットは伝統的な食品ではなく20世紀の産物であり、精製小麦粉を原料とするため栄養価値も劣るというものである。確かに、バゲットは白いパンにカリカリの皮というパリジャンの好みを反映し、つい100年ほど前に生まれた新参者だ。

 バゲットは天然酵母発酵の全粒粉パンなどと比べると栄養価は少ないかもしれない。ただ、トルココーヒーやイタリアのピザの例が示しているように、評価されているのは食品の栄養価値だけではなく、その象徴的価値だといえるだろう。無形文化遺産となっているのは、いずれもその国を代表する世界的に知名度の高い食べ物だ。ベレー帽を被り、バゲットを抱えたパリジャンの姿を思い浮かべるまでもない。バゲットはまた、マグレブ諸国、ベトナムやカンボジアのように、フランスの旧植民地や旧統治国でも食されている。

 ジャーナリストのステファン・メジャネスは言う。「今日一般流通しているバゲットは、伝統的なパン作りとはかけ離れていると言わざるをえません。しかし、無形文化遺産登録をきっかけに、無農薬の小麦栽培や自然発酵など、かつての職人のパン作りが支援されるのだとしたら意味があるでしょう」。確かに、無形文化遺産が登録されれば、その遺産を保存し継承する努力が求められる。食の場合には文化庁だけではなく、農業食糧省なども加わり、中小企業、商業支援の措置などをとることが望まれており、今後製パン業界全体のレベルを上げる契機になるかもしれない。

◇ふらんす2023年2月号

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著者略歴

  1. 関口涼子(せきぐち・りょうこ)

    著述家・翻訳家。著書Fade、La voix sombre、訳書シャモワゾー『素晴らしきソリボ』

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