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「アクチュアリテ 食」関口涼子

ガストロノミの首都パリ


「ガストロノミの首都パリ、中世から現在まで」の展示風景

 いよいよ来年に迫ったパリのオリンピックに向け、様々な準備が進んでいるが、おそらくその一環としてか、「ガストロノミの首都パリ、中世から現在まで」という展覧会が今月7月16日まで、マリー゠アントワネットが収容されたことで知られているコンシエルジュリで開かれた。フランスの文化や歴史の重要性を外部に知らしめる目的のこういった展覧会においては、国内の美術館同士の連携がものをいう。昨年末のルーヴル美術館での静物画展においても、オルセー美術館のコレクションからの作品が豊富に提供されたことにより例外的に贅沢な展示構成が可能になっていたが、国立歴史建造物センターが企画したこの展覧会も、ルーヴル美術館や国立図書館、カルナヴァレ美術館やパリ歴史図書館、フォンテーヌブロー城などの協力により、単に料理テーマの展覧会だとは侮れない、200点以上の貴重な作品の数々が一堂に会した。また、食器類や調理器具などのオブジェから、メニュー、絵画、ヴィデオや写真、3Dでの展示まで多様な媒体を使い、パリがいかに美食の中心地であり、「レストラン」の概念を生んだ街であるかを示している。


「ガストロノミの首都パリ、中世から現在まで」の展示風景

 コミッショナーには、食の歴史の専門家に加え、ジャーナリストのフランソワ゠レジス・ゴードリーが名を連ねる。彼はテレビの料理番組の司会として知られているほか、ラジオ番組「On va déguster(さあ食べてみよう)!」から派生した料理本の監修を手掛けている。このシリーズはどれも数十万部の売り上げを誇っているが、その最新刊が「On va déguster Paris」であることは偶然ではないだろう。

 また、この展覧会がコンシエルジュリで開かれたことにも意味がある。1378年1月6日、百年戦争の最中シャルル五世が開いた外交的に大変重要な饗宴がこの建物の「武人の間」で行われたことにちなんでこの場所が展示会場に選ばれたということだが、まさにそういった場所を展示場に選んだと語ることが、この展覧会の持つ文化政策的な意味を物語っている。また、このディナーを再現するイベントが会期中に行われ、60ユーロで誰でも参加することができた。

 文化政策の一環として、自国の文化を海外に顕示し輸出しようとする試みはどこの国でも行われているが、この展覧会は、資料の豊富さにより他の追随を許さないフランス美食の長い歴史を見せつけた。また、高い専門性を備えながらも、子供向けのプログラムも充実し、一般客への目配せも忘れないバランスの良さが現れていた。ただ、ガストロノミで名を馳せる国はフランスにとどまらず世界のあちこちに広がり、フランスはともすると古臭い美食のイメージを体現しているに過ぎないと思われることもある今日、将来のガストロノミを牽引する新しいヴィジョンを提言していくことが今後さらに求められるのではないだろうか。

◇初出=『ふらんす』2023年8月号

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著者略歴

  1. 関口涼子(せきぐち・りょうこ)

    著述家・翻訳家。著書Fade、La voix sombre、訳書シャモワゾー『素晴らしきソリボ』

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