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「アクチュアリテ 食」関口涼子

女性たちによる、断酒宣言の書

 フランスの飲食事情について紹介しているこのコーナーだが、今回は「飲まないこと」についてお話ししたい。イギリスから入った習慣である「ドライジャニュアリー」(12月の御馳走三昧の後、1か月お酒を断つ)の時期に2冊の本が出版された。クレール・トゥーザーのSans alcool(アルコールなしで)とステファニー・ブラクエのJour Zero(アルコール抜きの日)である。

 アルコール依存症や断酒についての本は今までにもたくさん出ているが、今回の特色は、アルコール依存という言葉から思い浮かぶイメージからは外れる、仕事を持つ若い女性が、グレーゾーンでの飲酒習慣が生活の質を損ねることについて、自らの体験をもとにはっきり書く勇気を持ったということだろう。

 クレール・トゥーザーは、若くして飲酒を始めた動機として、アルコールが男性と同じように振る舞うための武器、自己解放の徴になっていたと語る。彼女と同様の動機から飲酒を始める女性は多いという。


Claire Touzard, Sans alcool(Flammarion)

 また、拒食症からアルコール依存に移る例も珍しくないと紹介しているが、それは、一部には自傷行為を続けるためでもあり、また、抑え込まれた怒りを発散する手段でもあるからだという。

 これらの著書は、フランスで飲酒をやめることの難しさも示している。病的な依存ではないにしても、飲酒が自らの人生に害をもたらすと感じ、断酒をすると他人に宣言すると、周囲には好意的に受け入れられないことがある。断酒宣言は周りに対しても、アルコールとの関係を突きつけることになるからだ。

 フランス社会は飲酒に対して寛容な部分があり、また、アルコールを飲まない人に対してのプレッシャーがある。数年前から、アルコールなしのカクテルを供するバーや、数か月前に紹介したように、アルコール抜きのペアリングコースを提供するレストランも現れてはきたが、まだまだ少数派だ。

 フランスでは去年春と秋に数か月の外出制限が行われ、2月末現在も18時以降は外出が禁止されている。レストランも営業中止が続き、夜の会食は不可能な状況だ。社会的な習慣として深く考えず飲酒していた人たちにとって、この時期は自らのアルコールとの関係を考えなおす機会になっているのかもしれない。

◇初出=『ふらんす』2021年4月号

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著者略歴

  1. 関口涼子(せきぐち・りょうこ)

    著述家・翻訳家。著書Fade、La voix sombre、訳書シャモワゾー『素晴らしきソリボ』

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