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「アクチュアリテ 食」関口涼子

「みんなのための料理」を考えるプロジェクト

 日本料理やフランス料理がユネスコの文化遺産として登録されているように、料理が文化遺産として認識されるようになっている。欧州文化都市を選ぶ際にも、食文化が発達しているかどうかが考慮されるという。2028年欧州文化都市に立候補したクレルモン=フェランは、現在独自な試みで注目を浴びている。移民も含めた大衆的な料理文化をこそ、この街のアイデンティティとして打ち出そうというのだ。

 この街出身のジャーナリストで、文化人類学から食を考えるエリック・ルーは、la cuisine populaire(みんなのための料理)を数十年前からテーマとし、この地方の住民たちのレシピを採集しアーカイブ化したり、生産者たちの声を聞くラジオを開設するなどの草の根活動を行なっている。彼の提案により数年前から開かれているÉtonnant Festin(驚くべき饗宴)というフェスティバルでは、地方の特産だけではなく、日本人の生産者が地元のレンズ豆で作った味噌や、ポルトガル出身の肉屋がポルトガルのソーセージで作るバン・ミー(ヴェトナム風サンドイッチ)、アルメニア料理やチベット料理などのスタンドが並ぶ。


この日、美味しそうな匂いが町中にただよった。


屋外では屋台だけではなく、食に関するディスカッションや子ども対象のワークショップなども行われた。

 「ミシュランの工場に働きに来た労働者が多いクレルモン=フェランは、常に労働者文化、他者に開かれた文化を育ててきました。オーヴェルニュの豆で作るホムス(中東料理のひよこ豆のピュレ)も、トルコ人の友人が作るスパイスの効いたブランケット(フランス伝統料理の子牛の煮物)も、私たちの地方の歴史、他者との交流が生んだ貴重な料理文化だと考えています」とルー氏は言う。ほぼ手弁当で始まったプロジェクトも、市や多くのアソシエーションの支援を受け、現在では大規模なイベントに成長した。料理のスタンドだけではなく、「自家製のケチャップを作ろう!」というお芝居や、子供向けの食育ワークショップも盛りだくさんだ。欧州文化都市として選ばれたら、どんなプロジェクトを立ち上げたいか、と言う問いに対する彼の返答がとても印象的だった。

 「街の共有菜園を作りたいですね。さまざまな食文化由来の野菜を植えて、誰もが訪ねることができ、そこでレシピを交換したりできるような。そして、周辺の都市や村にも共有菜園のシステムを広めていって、種や苗、料理や人が行き交うようにする。政治家のクレマンソーは、『戦争は、軍人に任せておくにはあまりにも重要すぎる事柄である』という言葉を残しました。それに倣って、『料理は、シェフに任せておくにはあまりにも重要すぎる』ということもできるでしょう。今、料理をすることを私たちすべての手に取り戻す時が来ているのではないでしょうか」

◇初出=『ふらんす』2022年12月号

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著者略歴

  1. 関口涼子(せきぐち・りょうこ)

    著述家・翻訳家。著書Fade、La voix sombre、訳書シャモワゾー『素晴らしきソリボ』

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