ブルジョワのための大衆的なガストロノミ?
高級地区パリ7区、グルニエ通りにこの秋鳴り物入りでオープンした「ボーパッサージュ」は、星付きレストランのアンテナショップが並ぶフードコンプレックスだ。大通りから1本入ったパッサージュは、中庭を備えた静かな空間で、ヤニック・アレノのワインセラー、アンヌ=ソフィー・ピックのヴェリーヌ専門店、ピエール・エルメのカフェ、ティエリー・マルクスのパン屋など、ガストロノミのスターのカジュアル店が並ぶ。
入り口や中庭には現代アーティストの作品が設置され、隙のないマーケティングのように見えるが、どこか、日本の大都市郊外の公園付き高額モデルハウスを見学に来た時のような、そこはかとない空虚さが漂う。出来立てのコンプレックス施設に共通する印象なのかもしれないが、それにしては、新しい場所の持つワクワク感に欠けている節もある。
この「ボーパッサージュ」の難しいところは、位置付けが複雑なところだろう。昼食が30 ~ 40ユーロ(4000 ~ 5200円)と、上流層や懐に余裕のある旅行客を狙っているが、そういった層は実際星付きのレストランにも行けるだろうから、有名シェフの名前が冠されているからといって飛びつくことはなく、同じ値段でもっと実のある食事を選ぶかもしれない。では、普段ミシュラン掲載店に手が届かない人が足を運ぶかといえば、それにしては高額だし、特別な時間を過ごしているという雰囲気にも欠ける 。
シェフたちがマスメディアに頻出するようになって久しいが、それは皮肉にも、シェフのカリスマ性を薄めてしまっているのかもしれない。特に、そういった星付きレストランに手を伸ばせる層は、もはや有名シェフのオーラをありがたがらなくなっているとも言える。また、高級レストランが、単なるセカンド店にとどまらず、さらに大衆的な事業に手を出すことによって、自らのオーラを水で薄めてしまう危険性もある。
高級ブランドがどうやって生き残れるかという課題にも似た、こういった問題には、ただ1つの解決策はないようだ。「ボーパッサージュ」も、ガストロノミの生き残りに積極的に取り込むシェフたちの試みなのかもしれない。その結果は、もう少し時間をかけて観察していくしかないだろう。
今後が注目される、ボーパッサージュ
◇初出=『ふらんす』2018年12月号