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「アクチュアリテ 食」関口涼子

「もちもち」を発見し始めたフランス人

 外国の食文化が受容される際、ネックになるのは味だけではない。未知の食感、さらには、食材の性質を適切に表す言葉がないことが、足かせになることもある。

 今まで、日本語の「もちもち」にあたる食感が苦手だというフランス人はかなり多かった。フランス語に翻訳しようとすると「gluant(ねちゃねちゃする)」 とか「collant(ベタベタする)」など、 ネガティブなニュアンスの単語しか存在しないせいもあるだろう。しかし最近、特に日本を旅行した人たちの間で、餅愛好者が増えている。

 この春、パリ6区のお洒落な地区に大福餅専門店「メゾン・ド・モチ」を開店したマチルダ・モットさんもその一人だ。 「初めて食べたのは苺大福でした。すぐに虜になってしまって、フランスに戻ってから、いつでも食べられるようにと、 自分で作るようになったんです」。好きが高じて3年前には大福餅のオンラインショップを開き、フランス人の反応の良さに、この度実店舗を開くに至ったのだという。

 マチルダさんは、「もちもち」の食感を「mœlleux, élastique et fondant(柔らかく、弾力性があってとろける)」とお客さんに説明する。確かに彼女の作る大福餅の皮はどちらかといえば羽二重餅の食感に近く、餡との絶妙なハーモニーを作り出している。近年では、フランス人和菓子職人の作る、フランス菓子のセンスを生かしたどら焼きの店もできているが、彼女もまた、パリでなければ食べられない大福餅を作りたかったという。甘みを抑えた白餡には、アーモンド、バラ、ピスタチオなどが練りこまれ、また、木苺、栗、杏などの風味を季節ごとに提供している。マカロンを買う感覚で、様々なフレーバーの詰め合わせを購入していくフランス人のお客が多い。

 「赤ちゃんの肌のようなテクスチャーは、手で触れても口に入れても限りなく柔らかい。優しさを形にしたものが大福餅だと思うんです。幸せを届けるお菓子、と私は捉えています」というマチルダさん。日本人の我々にとっては、日常的であるだけに意識しなくなっている食感を、 フランス人は新鮮な視点で発見しつつあるのではないだろうか。

Maison du mochi 39, rue Cherche-midi, Paris VI
https://www.maisondumochi.fr

◇初出=『ふらんす』2019年8月号

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著者略歴

  1. 関口涼子(せきぐち・りょうこ)

    著述家・翻訳家。著書Fade、La voix sombre、訳書シャモワゾー『素晴らしきソリボ』

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