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「アクチュアリテ 食」関口涼子

中国系パリっ子による、手作りカップラーメン

 アジア系レストランの新しい潮流については以前にも書いたが、去年一番のヒットは31歳のセリーヌ・チェン経営「グランバオ(大包)」だろう。2年前に開店した小籠包の店に続き、若者の集うサンマルタン運河沿いに開いた2階建ての店は大人気、連日長蛇の列となった。

 中国人の両親の元、パリに生まれたセリーヌは、子供時代、家では中国文化、外ではフランス語が飛び交う社会という二つの世界がどうして存在するのか分からなかったという。フランス人化するのが一番の成功と考えていた両親の願いを一旦は叶えコンサルタントをしていたが、自分のルーツである中国の文化を伝えたくて外食産業に転身。家族の反対を押し切って開いた店が大成功を遂げた。

 フランス人が持っている中国系スーパーや大衆レストランのイメージもまた自分たち移民の過去だから否定したくないという彼女は、漢字を多用、クリシェすれすれのデザインを採用したが、そこには、中華コミュニティーに貼り付けられたイメージを切り捨てず新しい意味を与えようという思いがうかがえる。

 新規開発したインスタントラーメンもその一つ。チープなイメージのラーメンをあえて麺も出汁も手作りで、最近立ち上げた「マーケット」の目玉商品にした。


人気店「グランバオ」のインスタントラーメン
© Carole Cheung

 「営業停止令が出た時、ラーメンなら、好きな時間に温かい料理を食べてもらえ、同時に私たちのレストランを思い出してもらえると思ったんです。インスタントラーメンにはネガティブなイメージがありますが、同時に、ホッとできる部分もある。皆に親しみのある一品を提供するのは重要ではないかと感じたのです」

 従業員90人を抱える彼女にとってこの期間重要だったのは、スタッフのモチベーションを保つこと。新しいプロジェクトができたことで、料理スタッフが1か月商品開発に取り組むことになり、発売早々フランス人にもアジア人にも好評でほぼいつも完売だという。

 手作りのカップラーメンはお湯を入れて8分間待って完成。麺はシコシコ、鶏ガラスープは上品な醤油ラーメンの風味。うま味調味料が入っていないのでさっぱりしていて、シイタケとネギが香り立つ。なかなかのレベルの仕上がりだ。

 コロナで営業停止を強いられ苦心するお店が多い中、個性的な商品開発で楽しみつつ既存の中華のイメージを変えようとしている若い世代に拍手を送りたい。

◇初出=『ふらんす』2021年3月号

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著者略歴

  1. 関口涼子(せきぐち・りょうこ)

    著述家・翻訳家。著書Fade、La voix sombre、訳書シャモワゾー『素晴らしきソリボ』

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