新しい息吹を吹き込むアフリカ系スターシェフ
様々な出自の人々が集まるフランス、特にパリには、世界中の食が揃っていると思われがちだが、「ガラスの天井」が存在するのも確かだ。日本人のシェフはこの十数年でミシュランの星を続々と獲得するまでに評価されているが、それは和食と日本という国の評価が高いおかげでもある。反対に、フランスの植民地であったアルジェリアや西アフリカ諸国などの料理は、気のおけない食堂としては存在しても高級レストランの地位を獲得することはなく、移民二世、三世の学生は料理専門学校には大勢いるにもかかわらず、ガストロノミーのカテゴリーで高いポストにつく例はごく稀だ。
そんな中、新しく現れたスターがいる。わずか28歳で一つ星を獲得したモリ・サコMory Sackoだ。パリ郊外、セネガル人とマリ人の両親の9人兄弟の家族に育ち、料理専門高校を出たのち様々なレストランで修業を積み、ティエリー・マルクスの「マンダリン・オリエンタル」でスーシェフにまで昇進する。彼の知名度を上げたのは去年2月に放送された料理コンテストの人気番組「トップシェフ」。独創的な料理と誰にでも好かれる人柄でたちまち人気を獲得した。小さい時から日本文化に憧れて育ったというこの若い料理人は、去年独立して最初に開いたレストランを「Mosuke(モスケ)」と名付けるが、これは自分の名前「モリ」と、戦国時代日本に渡来したアフリカ出身の奴隷で、信長の家臣となった「弥助」から取られている。彼はそこでアフリカ料理、和食、フランス料理から自由にインスピレーションを受けた料理を展開、「ゴエミヨー」の「若い才能」賞を受賞、今年2月にはわずか開店半年にしてミシュランの一つ星を獲得する。そしてやはりこの冬以降、テレビ局のフランス3で、「開かれたキッチン」というタイトルの、彼がロードムービー的に様々な場所を旅しながら料理をするという番組を持っている。
注目の新星モリ・サコ氏
彼の成功は無論マスメディアの力によるものだが、これほど素早く成功の階段を駆け上がったのには、視聴者の側でも料理界に新しい息吹を必要としていたこともあるだろう。皆どこかで、彼のような人物がフランス料理と旧植民地の料理、そして若い世代には親しみのある日本料理を自在に操ってくれるのを待望していたのではないか。そう考えると、テレビの影響力も、新しい道を開く原動力となるのだと思わされる。
◇初出=『ふらんす』2021年6月号