「心のレストラン」の課題
1985年にフランス人の俳優コリューシュによって創設された「resto du coeur」(心のレストラン)は、特に厳しい冬の期間、貧困層に無料で食事を提供してきた。食糧支援によって社会的経済的格差の是正を促す活動を40年近く続けてきたアソシエーションだが、現在その存続が危ぶまれている。インフレーションにより食料品の値段が急激に上がったこと、このシステムを利用せざるを得ない層(貧困層、収入のない学生、年金生活者、シングルマザー、失業者)が急増したことが理由だ。「心のレストラン」は今年度前半すでに130万人の利用者の食糧支援を行っており、これは前年度比20万人増になる。このままだと早くもこの冬には、無料の食事を求めて集まる人の多くを断らなければならない事態に直面し、さらに何の手も打たれない場合、3年以内には活動を停止せざるをえない状況にまで陥るという。
『飢えるフランス』と題する著書を今年刊行したベネディクト・ボンジによると、現在、人口の1割が食料支援に頼らなければならない状況にある。「心のレストラン」で働くボランティアの人たちは、自分たちの活動は貧困の改善をもたらすには至らないが、少なくとも飢えによって人々が盗難や暴動に走る動きを止め、社会の治安維持に役立っていると証言している。
物価高は最貧困層だけではなく、中間層も含めた多くのフランス人に影響を与えている。肉や魚、さらには野菜などの生鮮食品の購入を控えたり、食事を一回抜いたりする層は今年の統計によると15%にのぼる。このような状況においては、国内のオーガニックな野菜や肉などよりも、価格優先で輸入品や大規模農業の農作物が買われる傾向があり、それが、国内農業従事者のただでさえ低い収入をさらに下げているという悪循環も起きている。スーパーマーケットなどは、賞味期限が近づいた商品を値引きしたり、食料バンクに渡したりなど、フードロスを少なくする努力をしているが、現状を改善するには至っていない。
もちろん、政府や自治体主導ではなく、民間のアソシエーションにこのような活動を任せておいていいのかという考え方もある。ただ、政府主導の場合は、利用できる層が国民に限られたり、外国人でも滞在許可証を所持する者に限定される場合があるのに対して、民間団体の場合には、誰でも求めるものに助けを与えられるという柔軟さがある。
「心のレストラン」の呼びかけ以降、このアソシエーションに対する寄付金は政治家や企業、個人にいたるまで後を絶たない。しかし、一時的な寄付は根本的な解決にはならないだろう。この事態は、誰が貧困層を救うべきなのか、という問題と関わっている。国なのか、自治体なのか、民間企業なのか、個人なのか。インフレーションが収まりそうにない現在、これはわたしたち一人一人が問うべき問題になりそうだ。
◇初出=『ふらんす』2023年11月号