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「アクチュアリテ 食」関口涼子

浸水被害を乗り越えて、再オープン!


ここでしか味わえない個性的な料理の数々

 今年の2月末、パ゠ド゠カレ地方のラ・マドレーヌ゠スー゠モントルイユにある二つ星のレストラン、「ラ・グルヌイエール」が1年以上の休店を経てふたたび予約を開始した。それほど長く店を閉めなければならなかったのは、去年の1月にこの地方が長く続く大雨の被害にあったからだ。店のすぐ脇を流れる川は決壊し、店内は浸水がひどく、水が引いたかと思うとまた雨、の繰り返しが続いた。村の家々も浸水したところが多く、自宅に戻れないスタッフも多かったという。
 レストランのオーナーシェフのアレクサンドル・ゴーティエは、彼の父親の代に建てられたこの店を20年ほど前に継ぎ、他の追随を許さない個性的な料理と空間づくりのセンスの良さで、この地域では少ない星付きのレストランを作り上げた。湿地帯が多い地域ではあるが、今までこの規模の浸水被害の経験がなかったのは、レストランに併設する、パトリック・ブシャン建築のオーベルジュが半地下に作られていることからも分かる。それだけに、フランスのガストロノミーレストランの中でも最も現代的なこの建物が水浸しになっている映像にショックを受けたこのシェフのファンは少なくなかった。
 近年、今まで浸水や洪水の被害にあったことのない地方に自然災害が訪れることが増えている。去年秋の大雨では、アルデッシュ、ロワール、アルプ゠マリティーム、ロワール゠アトランティックなど実に11県で、保険適用の対象になるほどの大雨被害が報告されている。特にアルデッシュの大雨は20世紀初頭以降、経験がないほどの記録的な大雨で、気候変動の影響をフランスも例外なく被っていることが分かる。
 ミシュランガイドがそもそも、自動車旅行のガイドとしてタイヤの会社から出されていることからも分かるように、フランスの地方は、食のためだけに旅行する価値のある美食レストランに富んでいる。その多くは、それこそ車でないと足を運ぶことが難しいような、自然豊かな場所にあり、だからこそ訪れる客も、美しい景色も含め旅の醍醐味を味わえるわけだが(ラ・グルヌイエールも、最寄り駅から車で40分ほどの場所にある)、それは同時に、自然の脅威から逃れられないことを意味する。
 他のシェフからの人望も厚いアレクサンドル・ゴーティエが、実に1年以上の閉店にも関わらず、スタッフの連帯を保ち、今回のリニューアルオープンにいたったことはガストロノミー界における春の大きなグッドニュースとして報じられた。本当に喜ばしいことだと思うが、これは、今までフランスの地方レストランが想定していなかった自然災害というリスクにさらされていくことになるという象徴的な事件でもあった。

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著者略歴

  1. 関口涼子(せきぐち・りょうこ)

    著述家・翻訳家。著書Fade、La voix sombre、訳書シャモワゾー『素晴らしきソリボ』

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