第13回 口蓋音化
Q:굳이《あえて》は[구지]と発音されるのに、なぜ구지ではなく굳이と書くのでしょうか。
A:たしかに発音通り、구지と書いてもよさそうな気がします。구지と書いたほうが、学習者の立場からすればうっかり[구디]と読んでしまうこともなくなるでしょうし、[구지]と発音されるものをわざわざ굳이と表記して〈口蓋音化〉が起きるなどと説明するのも煩瑣に感じられます。
ではなぜ굳이と書くのかというと、굳이が語源的には《固い》を意味する形容詞굳다から派生した副詞だからです。「굳이は굳다の語幹굳-に副詞派生接尾辞-이(注1)が結合した形である」という語源意識によって〈形態主義〉を原則とする現代韓国語の綴字法にあっては、굳이と書く決まりになっているわけです。
ところで、この굳이、15世紀には구디と書かれていました。当時の表記は現代語とは異なり〈表音主義〉に基づいていたために〈分綴〉(注2)はされず、発音も文字通り[구디]だったと考えられています。しかし、17世紀から18世紀にかけて、[i]や[j]の直前の[ㄷ]、[ㅌ]が口蓋音化を起こして[ㅈ]、[ㅊ]となり、구디も[구지]と発音されるようになりました。そして、こうした音韻変化によって、ある時期には韓国語(中央語)から[디]や[티]という音が湮没 してしまうわけですが、その後、おしなべて二重母音[ɨi]が単母音化して[i]に変わることで、[듸]>[디]、[틔]>[티]という変化が生じ、[디]や[티]が再び韓国語に登場することになります(第8回も参照)。例えば、어디《どこ》はもともとは어듸でしたが、この二重母音の単母音化によって、어디になりました。一方、口蓋音化以降、[듀]、[텨]などといった[ㄷ]、[ㅌ]と[j]の結合は用言の活用形や外来語を除いて(注3)、韓国語(中央語)(注4)に出現することはありません。
むろん、こうした口蓋音化は、あまたの学習書がそうしているように、「‘ㄷ’、‘ㅌ’(注5)の直後に[i]や[j]、[ç](注6)が続いて終声の初声化が生じるとき‘ㄷ’、‘ㅌ’は[ㅈ]、[ㅊ]で実現する」という形で共時的な現象として定式化することもできます。しかしこの際、かかる口蓋音化は後行要素が自立的な要素(つまり単独で使えるもの)の場合には起きない点に注意せねばなりません。例えば、곧이어《引き続き》は[고디어]、맏형《長兄》は[맏텽]~[마텽]と発音されます。また、体言について言えば、‘ㄷ’で終わる単語は存在しません(注7)。こうして思考を傾けると、共時的な記述でしか説明がつかない口蓋音化は限局的で、その多くは通時的変化の帰結として把捉可能なように思われます。
なお、口蓋音化と称呼される現象は他にもあります。例えば、中世語において‘ㅅ’は[i]や[j]の前でも[s]で発音されていたものと推考され、近代語の段階で[s]が[ɕ]へと変化しますが(注8)、これも口蓋音化の一種です。また、15世紀語の‘ㅈ’、‘ㅊ’の音価は[ts/dz]、[tsh/dzh]であり(注9)、これらものちに口蓋音化を起こして[tɕ/dʑ]、[tɕh/dʑh]となります(注10)。さらに、共時的には、니が[nji]と発音されるのも、音声レベルにおける口蓋音化です。
このように、一口に〈口蓋音化〉と言っても、そこにはさまざまな種類のものが混在しており、言語学的にはなかなか奥の深い現象です。
(注1)なお、中世語にはこれと形態的に類似した接尾辞として-’ʌi~-’ɨiがありましたが、これらは形容詞の語幹に付いて名詞を形成する名詞派生接尾辞でした:e.g. nophʌi《高さ》、khɨi《丈》。現代語の너비《幅、広さ》も넓다《広い》の古形neptaの語幹nep-に-’ɨiが付いたnepɨiに遡及します。しかし、語源意識が希薄になっているため、넙이のように〈分綴〉はしません。ハングル正書法第19項も参照のこと。ちなみに、現代語の넓다という語形は넙다と너르다のcontaminationと見ることもできるでしょう。
(注2)몸이《体が》のように形態素の境界が明瞭に分かるように書く表記を〈分綴〉と呼びます。それに対して、모미のように発音通りに書く表記を〈連綴〉と呼びます。また、連綴から分綴へと移行する過渡期的な段階として、16世紀には몸미のような〈重綴〉と呼ばれる表記も現れました。
(注3)e.g. 더뎌서《遅くて》、버텨요《耐えます》、프로듀서《プロデューサー》、유튜브《YouTube》など。
(注4)なお、「韓国語(中央語)」という限定的な表現をしたのは、共和国(北朝鮮)の平安道方言(西北方言)では口蓋音化を起こさないからです。例えば、굳이は[구디]、같이《一緒に》は[가티]、장마(<댱마)《長雨》は[당마]、정거장(<뎡거댱)《停車場》は[덩거당]と発音されているようです。
(注5)厳密には基底音素(形態音素){ㄷ}、{ㅌ}。
(注6)/h/の異音で、[i]や[j]の直前という環境で実現する子音。
(注7)唯一綴り上‘ㄷ’で終わる体言디귿も本来は디긋と書くべき単語です。‘ㅌ’で終わる体言には겉《おもて》、끝《終わり》、솥《釜》などがあります。
(注8)さらにその後、[i]以外の母音の直前の[ɕ]は非口蓋音化を起こし[s]になります。
(注9)したがって、15世紀語には「저《自分》;져《箸》;뎌《あの》」のような対立がありました。
(注10)論理的に考えると、そもそも‘ㅈ’の口蓋音化があってこそ、‘ㄷ’、‘ㅌ’の口蓋音化が可能であって、出来の順序としては、まず‘ㅈ’の口蓋音化が先に起きたものと考えられます。



