第8回 教授法と先生たち
外国語科教育法(仏語)
クニー:秋の日のー、ヸオロンのー、ためいきのー……。
ヨシ:クニー、どないしたんや、のっけから、ヴェルレーヌ(1844-96)の「秋の詩(うた)」Chanson d’automne を、上田敏訳でわめいたりして。あ、ちなみに、堀口大學訳やと「秋風の」やけどね。
クニー:Les sanglots longs, / Des violons, / De l’automne...
ヨシ:こんどは、原文になったで。
クニー:いやあ、秋だねえ。
ヨシ:そのためだけにヴェルレーヌもってきたんかいな、さすがは19世紀文学で博論書いた人や。けど、ヴェルレーヌいうたら、ぼくは「あゝ、そこなる汝(なれ)よ、青春(わかきとき)をいかにせし」が想いうかぶんやけどね。
クニー:Dis, qu’as-tu fait, toi que voilà, / De ta jeunesse ?
ヨシ:それそれ。
クニー:ヴェルレーヌ36歳のときの詩集『叡智Sagesse』所収の有名な詩だねえ。これが想いうかぶということは、ヨシは、さぞやザンネンな青春をおくったんだろうねえ。
ヨシ:ほっといてんか。
クニー:そういえば、前回は、ヨシのフランス語教育についての研究の歴史をふりかえったわけだけど、いちおう、学部生のときに、教員免許はとってたんだよね?
ヨシ:せやねん、教員免許、正式にいうたら「教育職員免許状」についちゃ、これでも英語、フランス語の免許をとって、国語も申請できる単位はそろえてるで。
クニー:先生になろうという気はあったの?
ヨシ:まあ、当時の文学部いうたら、とりあえず教職とっとこかいうのんがふつうやったんで、教員採用試験は受けてまへん。
クニー:そうそう、外国語科目は英語だけじゃなくて、フランス語やドイツ語、中国語、その他言語の免許もあるんだよね。
ヨシ:「その他言語」は韓国・朝鮮語はじめ、モンゴル語、スワヒリ語とかまで21言語もあんねんで。
クニー:ほんと、外国語は英語だけじゃないってことだよね。そもそも、教科名も「英語」じゃなくて「外国語」だし。
ヨシ:ぼくが若きときに履修したフランス語のための教職科目は「仏語科教育法」「英語科教育法」いう名前やったけど、いまぼくが教えてんのは「外国語科教育法(仏語)」やしね。単位も、むかしは「英語科教育法」が4単位で、「仏語科教育法」が2単位やったんが、いまは「外国語科教育法I~IV」はみんな2単位ずつで、高校の免許には計4単位、中学の免許には計6単位必要や。
クニー:うちの学部でも教員免許をとれるようにしたいなあ! それでヨシはどんな授業してんの?
ヨシ:どこでもそうやろけど、外国語教授法の歴史、理論、方法論、教育について、現在の課題についてとかやね。
クニー:ほほー。
教授法いろいろ
ヨシ:まずは、おなじみ「文法訳読法」。文章を文法面、構文面から解析して、日本語に訳していくやつね。
クニー:熟読玩味ってやつだよね。
ヨシ:オーラルでのやりとりのチカラがつかへんいうて不評やけど、文章を読むチカラと、母語と学習言語との相似点・相違点についての気づきや理解が得られますわな。
クニー:でも、音声面や、じっさいの会話がオロソカになりやすいのが難点。
ヨシ:そこで出てきたのが「ナチュラル・メソッド」。フランスの人やったフランソワ・グワンFrançois Gouin(1831-1896)が、ドイツ語をやったこともないのにベルリン大学で哲学を勉強したいと留学して、古典ギリシア語を勉強したときみたいにドイツ語をやろうと、超短期間で文法や語根や単語を丸おぼえしたけど、ドイツ語の会話はサッパリわからず、失意のうちに帰国したとこで、2歳半の甥っ子が、じぶんがドイツ語を勉強しとったのとおなじ10か月の間にフランス語を身につけとる事実を知って愕然とし、この甥っ子を観察するようになるわけや。ある日、甥っ子は、はじめて眼にした水車について、たくさん質問し、見たものを物語り、さいごにちいさな水車をつくって遊んだそうや。そこから、グワンは、ことばの習得には、観察し、ふりかえり、概念化するステップをふむことを発見して、これぞ「自然(ナチュラル)」な言語学習やいうことで、ナチュラル・メソッドを開発したんやけど、この人の本は英訳されて、それが台湾における日本語教育に影響をあたえてんねん。ほんで、このメソッドが、学習者の母語を使わへん「ダイレクト・メソッド」につながるわけやね。
クニー:つぎが「オーラル・メソッド」。
ヨシ:パーマーHarold Edward Palmer(1877-1949)いうイギリスの人の考案とされとる。この人、フランスで1年暮らしたのち、ベルギーのフランス語圏の学校やユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンで英語を教えてたんやけど、1922年に文部省顧問として日本によばれ、英語教授研究所(現・一般財団法人語学教育研究所)の所長になって、14年にわたる滞在中に「オーラル・メソッド」を広めようとしてん。
クニー:けど、そんなに広まらなかったと。
ヨシ:パーマーはソシュールの「ラングとパロール」の影響を受けてたらしねんけど、外国語教育に必要なんは「個人の行為としての言語の運用」を習得させることやというゴリゴリの「実用主義」で、「聴覚的観察auditory observation」、「口頭模倣oral imitation」、「つながった音の塊に慣れることcatenizing」、「意味づけsemanticizing」、「類推による文の産出composition by analogy」いう、音声重視のステップで「ネイティヴのように話せること」を目指した。んやけど、ダイレクト・メソッドと違ごて、必要に応じて母語の使用もみとめたりしてんけど、なかなか当時の日本に実情にそぐわへんかったんやね。
クニー:つまり「文脈化contextualisation」ができてなかったわけだね。まあ、時代も時代だったし。
ヨシ:そうこうするうち第2次世界大戦に突入して、アメリカが、戦争のための超促成外国語教育を実施するわけやね。
クニー:例のアーミー・メソッドだよね。
ヨシ:それを洗練したのが「オーディオ・リンガル・メソッド」で、アメリカ構造主義言語学と行動主義心理学を背景に、パターンという構造を入れ替えながら、ひたすら反復練習することで、刺戟-反応の定着、ことばの自動的習慣化をめざすいうやつ。あいさつとか買い物とか、定式化されたやりとりには有効やろけどね。ちなみに、このオーディオ・リンガルを検証するなかから生まれたのが「理解中心アプローチ」で、最初にひたすら聞くのんと、口頭練習すんのと、どっちが効果があるかいうたら、聞くのに専念する方がよかったんで、ことばの学習は「理解」がすべていう主張にたどりついたと。このアプローチの具体的方法としてTPR(Total Physical Response)いうのがあって、たとえば「立て!」いうたら立つとか、学習言語を聞いて、即座に全身で反応することで身につけてくねん。
クニー:へえ、なんか、コミュニケーションが一方通行な感じもするけど。
ヨシ:まあ、理解によって、アウトプットする能力も身につくいうんが、主張なんやけどね。でも、時代が変わって、1970年代のヨーロッパで移民労働者が増え、とにかく学習者が「いいたいこと」をいえるようにしたらんと、社会への参加がスタートでけんいう問題から、学習者のニーズを把握して、必要な場面や機能や語彙を、ロールプレイするような実地訓練で身につけさせる「コミュニカティヴ・アプローチ」が登場するわけや。
クニー:だから、実際に使われてるドキュメントなんかを教材にするんだね。
ヨシ:ほかにも、色のついた棒とかを使こて教師は話さず、学習者の気づきを促すサイレント・ウエイ Silenght Wayとか、BGMをかけたり、楽チンな椅子にすわらせてリラックスさせることで、潜在的能力を引きだすサジェストピディア Suggestopediaとか、まあ色んな教授法が研究・実践されてんで。
クニー:ことばの教授法はそんなにあるのに、ヨシがザンネンな青春をおくらないための教授法はなかったんだねー。
ヨシ:やかましわ!
◇初出=『ふらんす』2016年11月号