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福島祥行+國枝孝弘「ヨシとクニーのかっ飛ばし仏語放談」

第33回 ミュージアムと記憶

ルーヴル=ランス

クニー:というわけで、今月もミュージアムの話で~す、久米さーん!

ヨシ:せやから、なんで立松和平やねん!

クニー:久米さん、いや、ヨシさんが行ってみたいミュージアムは~?

ヨシ:ルーヴル美術館の分館として、2012 年に、ランスLens に開館したルーヴル=ランス美術館Musée du Louvre-Lens やね。金沢21世紀美術館を手がけた日本のユニットSANAA と米Imrey Culbert の混成チームの設計やで。

クニー:ランスといえば、北仏、Pasde-Calais 県ですね~。

ヨシ:2003 年に、当時のアィヤゴン文化・コミュニケーション大臣が、巨大文化施設の地方建設を主張して、ルーヴル分館建設計画がはじまってん。2005 年、当時のドヌデュー・ド・ヴァーブル文化・コミュニケーション大臣は、「ルーヴルをランスに進出させることは、文化・コミュニケーション省戧設以来、初の歴史的こころみであり、文化の地方分権化と民主化に強力なイニシアティヴを発揮することの一例である」Lʼimplantation du musée du Louvre à Lens constitue une première historique et lʼune des initiatives les plus fortes de la décentralisation et de la démocratisation culturelles depuis la création du ministère de la culture. というたんやけど、まあ、ランス側としては、雇用の創出と観光客による経済効果を期待したもんや。なにしろ、元鉱山の街で、閉山してからは、主要産業がなかったとこやからね。

クニー:そういえば、ヨシさんは、博物館の委員やってたんですよね~?

ヨシ:じつは、10 年ほど前に、兵庫県立「人と自然の博物館」、通称「ひとはく」いうとこの基本構想策定委員と基本計画策定委員をやらさせてもろてま。

クニー:いや~、イイ想い出ですね~。

ヨシ::せやから、なんで立松和平?!

クニー:いや~、和平はタイセツですよ。

ヨシ:和平も平和もタイセツやけども。

 

国立移民史博物館

クニー:ミュージアムってのは、個人や集団の記憶を研究、陳列することで、現在の、そして未来の希望を考えさせるとこでもあるよね。

ヨシ:そうそう。たとえば、パリの12区、環状にはしる路面電車(トラム)のT3 線、もしくは、メトロ8 番線のポルト・ドレPorte Dorée 駅からちょっとのとこにある国立移民史博物館もそのひとつやね。

クニー:あの、むかしは宮殿だった建物で、横を「ペリフ」こと、環状道路(ペリフェリック)Périphérique がはしってるとこだよね。ペリフをわたると、Bois de Vincennes「ヴァンセンヌの森」で、動物園がある。

ヨシ:移民史博物館の建モンは、いまでも、正面入口の上にPalais de la Porte Dorée「ポルト・ドレ宮」て書いてあるけど、これ、もとは、1931 年5 月から11 月まで、ヴァンセンヌの森一帯を会場として開催されたExposition coloniale internationale「国際植民地博覧会」のときの、Musée des colonies「植民地博物館」として建てられたもんやねん。地下には水族館があって、森につくられた動物園とともに、パリ初の生物展示施設やってん。仏国立図書館所蔵の会場マップはこちら:https://c.bnf.fr/ynF

クニー:1931(昭和6)年といえば、満州事変の年だよね。世界大恐慌をへて、またしても世界大戦が近づきつつあるころ。

ヨシ:植民地化が仏経済に貢献してることを示したいいう計画じたいは1913 年からあって、パリと1906 年に植民地博開催経験のあるマルセイユが会場誘致で争っててんけど、1925 年になって、ようやくパリに決まったそうや。ちなみに、1924 年から1925 年にかけては、ロンドンでBritish Empire Exhibition「大英帝国博覧会」いう名前の植民地博覧会が開催されとって、イギリスは対抗心からか、パリの植民地博には出んかったらしで。

クニー:二大植民地大国の争いだね。

ヨシ:この博覧会、le tour du monde en un jour「1 日で世界一周」いうキャッチコピーのもと、めずらしモン見れるいうんで3349 万人の来場者があったらしけど、当時の植民地大臣やったPaul Reynaud ポール・レノー( 1878-1966) は、「経済の争いが、かつてないほど熾烈をきわめるなか、植民地は、フランス人たちに、勇気と自信を教えてくれる」Alors que la lutte économique est plus sévère que jamais, les colonies enseignent aux Français le courage et la confiance. いうて、植民地の存在感と価値を示すもんと考えてたみたいや。

クニー:たしか、アンドレ・ブルトンやルイ・アラゴンたちシュルレアリストは、博覧会に反対だったよね。

ヨシ:彼らはNe visitez pas l’Exposition Coloniale「植民地博に行くなかれ」っちゅうパンフを出したくらいや。で、この建てもんは、その後、1932 年にMusée des colonies et de la France extérieure「植民地・外地フランス博物館」と改名、さらに1935 年にはMusée de la France dʼoutre-mer「海外フランス博物館」と改名してんけど、コンゴ、ガボン、ベナン、マリ、セネガルなんかのアフリカの植民地が一斉に独立した1960 年には、「植民地」性を消して、Musée des Arts africains et océaniens「アフリカ・オセアニア美術館」になってん。それからまた1 9 9 0 年にMusée national des ArtsdʼAfrique et dʼOcéanie「国立アフリカ・オセアニア美術館」になり、2003 年、建設中のMusée du quai Branly「ケ・ブランリ美術館」に所蔵品を移して、一時閉館になったあと、2007 年10 月にCité nationale de lʼhistoire de lʼimmigration「国立移民史館(シテ)」として開館したんやけど、2012 年1 月からはMusée national de lʼhistoire de lʼimmigration「国立移民史博物館」と呼ばれとる。

クニー:最後の改名の理由は?

ヨシ:2011 年の政令(デクレ)で、「ポルト・ドレの公共施設─国立移民史館(シテ)」は、「ポルト・ドレ宮の公共施設」と呼びかえ、そこには「国立移民史館(シテ)と水族館がふくまれる」ゆう一文がつけくわわったせいやで。まあ、さいしょの植民地博覧会のときからある水族館もふくめて、「移民の歴史の博物館」になったいうこっちゃね。ちなみに、水族館には、ワニさんとかがおりま。

クニー:そもそも、移民史館をつくるときに、もめてなかったっけ?

ヨシ:「移民史」の必要性については、1980 年代から問題提起はあって、歴史家のジェラール・ノワリエルが「仏歴史学における移民の記憶の排除」を指摘したりして、公共施設の必要性の声がたかまるんやけど、いっぽうで、「国家によって移民とその歴史が管理される」と考えたひとたちの抵抗もひきおこしよった。

クニー:ノワリエルって、移民史館の学術委員辞任したんだっけ。

ヨシ:せやねん。2007 年5 月に新大統領になったニコラ・サルコジが、あらたに「移民・統合・国家アイデンティティ・連帯開発省」Ministère de lʼImmigration, de lʼIntégration, de lʼIdentité nationale et du Développement solidaire をつくったもんで、移民の管理強化、仏市民と移民の分断やいうことになって、その直後に、設立準備委員会の学術委員12名中8名が辞任してん。けど、開館日の10 月10 日には、8 名が連名で、ル・モンド紙にこないな文書を載せてんねん─「だが、この記憶の場のオープンは、フランスの政治と文化に、たいせつな瞬間を刻みこむ。仏現代史における移民のはたした重要な役割が、ついに、国家共同体によって認知されるのである。[…] 移民史館の最大の役割は、虚偽や幻想と戦うため、移民の歴史をよりよく知らしめることにある。いま少し寛容で他者というものを尊重する市民を育むためには、それが唯一の方法なのだ」Et, pourtant, lʼouverture de ce lieu de mémoire marque un moment important dans la vie politique et culturelle française. Le rôle majeur joué par lʼimmigration dans lʼhistoire contemporaine de la France est enfin reconnu par la communauté nationale.[ ...] Sa principale mission est de faire mieux connaître lʼhistoire des migrations pour combattre les contre-véritéset les fantasmes ; cʼest la seule façon de former des citoyens un peu plus tolérants et respectueux des autres.

クニー:あらためて、ミュージアムと記憶について考えさせられる事件だなあ。

ヨシ: なにしろ、muséum の語源のMouseion は藝術・学問の女神ミューズMousa らの御座所のことで、彼女らのお母さんのムネーモシュネーMnēmosunēはmnēmē「記憶」の女神さまやさかいね。

クニー:なるほど、だから、ガクモンするひとは、お参りすべきなわけだ。

ヨシ:いや、ぼくのお参りの理由は、ガクモンよりも、マネー欲しネー。

◇初出=『ふらんす』2018年12月号

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著者略歴

  1. 福島祥行(ふくしま・よしゆき)

    大阪市立大学教授。仏言語学・相互行為論・言語学習。著書『キクタンフランス語会話』

  2. 國枝孝弘(くにえだ・たかひろ)

    慶應義塾大学教授。仏語教育・仏文学。著書『基礎徹底マスター!フランス語ドリル』

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