第36回 ニューカレドニアとルワンダ
L’Ordre et la morale
クニー:♪いつも私のことだけずっと~
ヨシ:あ、また、このパターンや。
クニー:♪思っててくれなくていーの~
ヨシ:ナニ、その曲?
クニー:原田知世の「天国にいちばん近い島」(1984)に決まってるじゃないか。
ヨシ:いやいや、決まってへんがな。どないしたんや、いったい?
クニー:稀勢の里が引退して、ちょっとおセンチな気分に……。
ヨシ:ふつう、稀勢の里の引退で、原田知世の曲、歌いまへんで。
クニー:「天国にいちばん近い島」は?
ヨシ:いきなりのクイズ! そりゃ、仏語教師ならだれかて知ってる、Nouvelle-Calédonie、英語でいうところの「ニューカレドニア」、オーストラリアの東のニュージーランドのそのまた東にある、フランス共和国の特別共同体Collectivité sui generis や。ちなみに、sui generis(シュイ・ジェネリス)、元のラテン語の発音やと「スイ・ゲネリス」やで。さらにいうたら、グレート・ブリテン島の北部、いまのスコットランドらへんに、カレドネスCaledones もしくはカレドニー Caledoniiいうんケルト系の部族にちなんで、古代ローマ人がCaledonia って名づけたんが、本家のカレドニア。
クニー:そのニューなカレドニアが、日本で一躍有名になったのは?
ヨシ:そら、1966年に出た森村桂の『天国にいちばん近い島』のおかげやがな。だいたい、おニューなカレドニアのハナシやったら、2017年度の『ふらんす』で、星埜守之先生が「もうひとつのニューカレドニア」を連載してはったし、なんなら、2017年11月号は「仏領ニューカレドニア」特集やったで。
クニー:でも、1984年の原田知世主演の映画「天国にいちばん近い島」のハナシはなかったからさ。さっきのは、その主題歌。冒頭のセピア色した回想シーンに、YMO の高橋幸宏が、おとうさん役で出てるんだよね、う~ん、カッコいいぜ~。
ヨシ:高橋幸宏やったら、正月にNHKでやってた「細野晴臣イエローマジックショー2」いうバラエティのお茶の間コントで、おじいちゃん役やってはったで。
クニー:映画のなかのヌーヴェル・カレドニーは、のどかな楽園だけども、映画撮影中から、独立運動が高まりはじめてて、剣呑な雰囲気があったらしい。
ヨシ:1984年のヌーヴェル・カレドニーには、夜間外出禁止令couvre-feu が出されてるしね。ほんで1988年4月22日から5月5日までの悲劇的な「ウヴェア人質事件」が発生してもうた。
クニー:先住民カナックKanak の独立派とFLNKS( Front de libération nationale kanak et socialiste カナック社会主義民族解放戦線) のメンバーが、ウヴェア島 Île dʼOuvéa のファイヤウエ Fayaoué にあった憲兵隊宿舎を襲撃した事件だね。
ヨシ:襲撃の際に4名の憲兵が亡くならはって、27名が人質になり、2グループにわけられ、1グループの11名は島の南部につれてかれたとこで、長老たちの求めに応じて解放されて、別グループの16名がワテトWatetö 洞窟に閉じこめられた。政府はGIGN(Groupe dʼintervention de la Gendarmerie nationale 国家憲兵隊治安介入部隊)たちを送り込んで、奪還作戦を決行、独立派を襲撃して人質を解放したわけやけど、独立派は投降したのちに殺害されたんやないかとされとる。
クニー: そのことは、事件を描いた2011年の映画 L’Ordre et la Morale で描かれてたね。海外領土担当大臣のベルナール・ポンスが、主人公のフィリップにたいし、lʼordre et la morale っていうシーンがあるけど、タイトルはそこから。寺尾次郎さんの字幕では「秩序(オルドル)と理念(モラル)は守られねば」となってるけど、これは「命令(オルドル)とモラル」との掛詞だね。
ヨシ:1995年の名作La Haine(憎しみ)の監督であり、『アメリ』では相手役の青年を演じてたマチュー・カソヴィッツMathieu Kassovitz の監督作やね。主演もカソヴィッツ。
クニー:日本でも『裏切りの戦場 葬られた誓い』って題で公開されてるんだけど、GIGN の指揮官だったフィリップ・ルゴルジュPhilippe Legorjus が書いたLa Morale et l’Action (1990) が原作で、カソヴィッツは、このルゴルジュを演じてる。この映画では、事件発生2日後に第1回投票が、5月7日に第2回投票のあった大統領選の影響が描かれてる。
ヨシ:現役大統領やったフランソワ・ミッテランと、現役首相やったジャック・シラクの戦いのヤツやね。ミッテランの社会党が、2年前の総選挙でシラクひきいる右派の共和国連合に負けて、保革共存政権(コアビタシオン)やったときの選挙。けっきょく、ミッテランが勝って、2期目を務めることになってんな。直後の総選挙でも社会党が勝って、保革共存も解消や。
クニー:対話による解決を主張するミッテランにたいし、「国内」の事件は首相の担当だし、「手柄」を選挙戦に利用しようとするシラクは強硬派。
ヨシ:さいごは、もうちょっとで穏便に解決しかけたのに、首相の強攻策に大統領がゴーサインを出してまうんやな。
クニー:それが、フランス政府も公式には認めてない行為につながるわけだけど、この映画にたいして仏軍は協力を拒み、カナックの人たちも、いまだ癒えざる傷口を開くとして批判的だった。おかげで、ヌーヴェル・カレドニーでの上映に時間がかかったほど。しかも、賞レースでもパッとしなかったせいで、カソヴィッツがキレて、「フランス映画なんてクソ食らえ」Encule le cinéma français. ってtweet してた。あとで撤回してたけどね。
ヨシ:この事件後の6月26日、政権奪回した社会党のミシェル・ロカール首相と、ヌーヴェル・カレドニー出身の右派議員ラフルール Jacques Lafleur とFLNKS のトップだったチバウJean-Marie Tjibaou、つまり政府と反独立派と独立派のあいだで「マティニョン合意」Les Accords de Matignon が結ばれて、1998年の住民投票が約束され、そして今度は、1998年に当時のジョスパン社会党政権が「ヌメア合意」L’Accord de Nouméa では、2014 ~ 2018年のあいだに、ヌーヴェル・カレドニー独立の是非を問う住民投票が約束されてて、それが、去年の11月4日に実施されたわけや。
クニー:結果は、投票率81.1% で、賛成43.3 %、反対56.7% で、独立は否定。
ヨシ:ちなみに、合意文書では、「カナック諸言語は、フランス語とともに、ヌーヴェル・カレドニーにおける教育と文化の言語である」Les langues kanak sont, avec le français, des langues d’enseignement et de culture en Nouvelle-Calédonie. とかの規程がある。
クニー:ナポレオン3世の派遣した探検隊によって、1853年に仏領土宣言されて以来、12月号で話題にした国際植民地博覧会で、111人のカナックが展示品あつかいされたりした歴史もあるけど、ヌーヴェル・カレドニーは、フランス共和国でありつづけるわけだね。
ヨシ:ところが、住民投票は、たとえ1回目が独立反対でも、ヌーヴェル・カレドニー議会の求めがあれば、あと2 回実施することが可能なんや。具体的には、2年おきの2020年と2022年に、また独立を問う住民投票があるかもしれへんねん。
ルワンダとフランス語
ヨシ:ところで、ヌーヴェル・カレドニーは、仏共和国の一部ではあるけど、2016年に、国際フランコフォニー機構(OIF : Organisation Internationale de la Francophonie)の準メンバーになってんねん。このOIF、去年の10月には、2年にいちどのサミットを開催して、元カナダ総督やったミカエル・ジャンMichaëlle Jean にかわる新事務局長に、ルワンダの外務大臣のルイーズ・ムシキワボーLouise Mushikiwabo を選出したんや。1994 年のルワンダ虐殺のときに大きな被害を出したツチ族の出身やけど、ちょうど米留学中で難を逃れたらしい。米国人と結婚もしてる米国通やで。
クニー:二代連続の女性トップなんだね。
ヨシ:じつは、次期事務局長の下馬評のときに、ルワンダなんかから選んでエエんか、いうて議論を呼んだ人選やね。
クニー:1916年にベルギーの植民地になってから仏語圏だったルワンダは、2008 年に英語を公用語にくわえたり、2009年には英連邦に加盟したりと、あからさまな英語シフトを見せてるし。
ヨシ:フランスとも緊張状態やったけど、アフリカを重視したいフランスの思惑もあって、関係を修復、事務局長にプッシュされたいう噂やで。
クニー:あたりまえのはなしだけど、フランス語圏といっても、さまざまな歴史をもっていて、そこには固有の次元(オルドル)と道徳(モラル)があるわけだからね。
ヨシ:注意せんなん注文(オルドル)と教訓(モラル)やなあ。
◇初出=『ふらんす』2019年3月号