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福島祥行+國枝孝弘「ヨシとクニーのかっ飛ばし仏語放談」

第26回 五月革命50周年

若葉のころ

ヨシ:♪ぼくがちいちゃかったとき、クリスマスツリーはおっきかった~

クニー:ヨシ、もう5 月だよ?

ヨシ:♪でも、ボクとキミとの愛は消えたりせえへん~

クニー:たしかに、末永く放談したいと思ってるけど……?

ヨシ:♪でも、5 月1 日がきたら、泣いてまうんやろな~

クニー: なんだ、Bee Gees の First of May を歌ってたのか。あまりに調子っぱずれだったから、わかんなかったよ。

ヨシ:ゲルマン系の英語以外に、ケルト系のマン島語を公用語とするマン島出身のビージーズにあわせて、共通日本語を避けてみましてん。

クニー:そんな、細かすぎるネタ、だれもわかんないよ。だいたい、First of May は「5 月1 日」というより、「若い年頃」ぐらいのニュアンスだしね。

ヨシ:え、そうなん? てっきり、欧州の春の祭りにひっかけてるんやと思てたわ。

クニー:たしかに、5 月1 日は、フランスでも鈴蘭muguet を買って贈る風習があるし、春の訪れをつげる特別な日って感じではあるけれどね。

ヨシ:せやから、「若葉のころ」いう邦題がついてるわけか。

クニー:この曲、1971 年イギリスの映画、『小さな恋のメロディ』の挿入歌のひとつとして有名だよね。ちなみに、『小さな恋のメロディ』の原題はMelody だけど、フランスでのタイトルは Mercredi après-midi だったりする。

ヨシ:おっと、さすがはクニー、さりげのう、仏語ネタをいれてきはる。

クニー:この曲じたいは、1969 年のアルバム『オデッサ』に、これまた『小さな恋のメロディ』の挿入歌 Melody Fairなんかとともに収録されたのがさいしょだけど、作曲は1968 年の8 月らしい。

ヨシ:なんと、1968 年!

クニー:そう、Mai 68(68 年5 月)、いわゆる「五月革命」の年だね。


五月革命のころ

クニー:1968 年といえば、日本は、1月に東大医学部無期限スト、3 月に東大卒業式中止、11 月に大河内総長辞任と自主管理による駒場祭。

ヨシ:「とめてくれるな おっかさん 背中のいちょうが 泣いている 男東大どこへ行く」!

クニー:当時東大生だった橋本治の手になる、そのときの駒場祭の立て看板だね。

ヨシ:一連の東大紛争以外にも、日本各地で、いわゆる全共闘運動がくりひろげられとったけど、日本だけやのうて、世界中の学生たちが運動しとったね。

クニー:1968 年3 月には、ポーランドのワルシャワ大学で、学生たちと警官隊が衝突、4 月には、アメリカのコロンビア大学で、軍事協力研究への反対とハーレム地区の公園買い取りへの反撥から、学生たちが大学を占拠。

ヨシ:のち、映画『いちご白書』The Strawberry Statement (1970)で描かれ、ほんでまた、その映画が、ユーミン作詞・作曲の歌になる事件やね。

クニー:泥沼化してたベトナム戦争で、1 月におきたテト攻勢のけっか、打撃をうけたアメリカで反戦運動が勢いを増し、英独伊でも学生の運動は盛りあがった。

ヨシ:ほんで、5 月3 日、パリ大学のソルボンヌ学舎の学生集会を、総長が警官隊を導入して排除したことがきっかけで、仏全土に展開する騒動に発展したわけや。

クニー:じつは、前年の11 月に、パリ大学ナンテール学舎で、教育体制への不満から、学生たちのストがあったのがはじまりで、大学側の警官導入や学生逮捕に抗議して、3 月22 日に大学が占拠され、29 日には警官隊が大学を包囲し、大学を当分閉鎖するという命令がだされたことが呼び水になったんだけどね。

ヨシ:5 月13 日には、大学生だけやのうて、高校生、労働者たち25 万人、一説では50 万人がパリ横断のデモ行進をしたり、労働組合の連帯で、ゼネラル・ストライキgrève générale にも発展して、ガソリンは枯渇し、全仏が麻痺するありさまやった。ソルボンヌの封鎖は解除され、市民たちがはいりこんで、あちこちで熱狂的な討論会とかが開かれたらしで。

クニー:ついに、5 月25 日には、ド・ゴール大統領が演説して、社会と大学の改革の必要性をみとめ、国民投票するといったけど、けっきょく、衆議院にあたる国民議会を解散して、総選挙になった。

ヨシ:ド・ゴール支持者も大規模デモをやったりしたわけやけど、6 月23 日の第1 回投票で、ド・ゴール派が地滑り的勝利をおさめ、五月革命は終熄してもうた。

クニー:ぼくが留学してた1995 年にもゼネストがあって、鉄道はもちろん、ゴミ収集も2 週間とまって、大学も3 か月くらい授業がなかったよ。バリケードかいくぐって大学にはいり、先生を呼んで自主的に授業をしてる学生たちもいたけどね。ストって社会中に影響するんだよね。

ヨシ:Mai 68 も、大学制度はじめ、いくつかの改革を残しとるしなあ。


壁のことばたち

ヨシ:あと、五月革命というたら、壁に落書きされたり貼られたりしたスローガンやね。「壁のことばparole sur les murs」。たとえば、Dessous les pavés cʼest la plage.(敷石のしたには砂浜が)

クニー:学生たちは、道路の敷石をはがして投石したからね。

ヨシ:Il est interdit d'interdire !(禁止することを禁止する!)

クニー:Soyez réalistes, demandez lʼimpossible.(現実主義者であれ、不可能を求めよ)

ヨシ:Lʼimagination prend le pouvoir.(想像力が権力を奪う)

クニー:Je suis venu, jʼai vu, jʼai cru.(来た、見た、信じた)

ヨシ:Lʼétat cʼest chacun de nous.(われら各々が国家なり)

クニー:『パリ五月革命 私論』(平凡社新書)の西川長夫先生が集めたチラシやパンフレットは、京大人文研のサイトでみられる。(http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~archives-mai68/

ヨシ:国立図書館の特設サイトもあるで。(http://expositions.bnf.fr/mai68/index.htm


『白い犬』

ヨシ:五月革命というたら、ロマン・ガリ Romain Gary の1970 年の小説 Chien Blanc( 「白い犬」)でもあるなあ。

クニー:その小説は、黒人公民権運動の話じゃなかったっけ?

ヨシ:舞台は1968 年。ガリの私小説風小説で、ビバリーヒルズに住んどった彼は、ある日、シェパードの迷い犬をひろうんやけど、この犬は、黒人だけを襲うよう訓練された「白い犬(ホワイト・ドッグ)」やってん。当時、ガリは女優のジーン・セバーグと結婚してて、彼女はずっと黒人公民権運動のシンパやったし、ガリも黒人シンパやったから、彼らの自宅には黒人たちがたくさん訪れる環境やった。それでガリは、犬を、旧知の動物園の黒人動物係に預けんねん。だいたい、「少数派に生まれついてる」ガリの作品は、硬直した正義感にたいする批判がおおいけど、ここでも、白人の人種差別主義者への批判はもちろん、黒人の解放運動者たちのイヤらしさも描かれとって、それにウンザリしたガリは、五月革命まっただなかのパリに逃亡して、壁に過激な文句を落書きしてる友人をみつけて、落書き合戦やったり、黒人解放運動のスローガンを叫んでる、じぶんと同じようにウンザリしたアメリカの作家にであったりする。そこに、5月革命の描写がでてくるんや。オハナシの方は、なかなか楽しくない方向にむかうんやけど、けれどもこの小説、ガリによくある悲観主義と楽天主義のないまぜになった文言がたくさんあって、ぼくの贔屓のひとつやねん。

クニー:たとえば?

ヨシ:« Lorsqu'il sʼagit de mʼaccrocher à un espoir, je nʼai pas mon pareil. »( Romain Gary, Chien Blanc, Gallimard, p.35)(希望にしがみつくとなったら、ぼくの右に出るものはいない)とか、“Je ne suis pas découragé. Mais mon amour excessif de la vie rend mes rapports avec elle très difficiles, comme il est difficile dʼaimer une femme que lʼon ne peut ni aider, ni changer, ni quitter. ”(ibid. p.254)(ぼくは絶望していない。けれど、ぼくは人生をひどく愛しているために、ぼくと人生の関係はたいへん難しいものになっている。ちょうど、たすけることも、変えることも、わかれることもできない女性を愛することが難しいように)。とか

クニー:いやあ、ヨシって、意外にセンサイなんだね!

ヨシ:いや、ぼく、54 歳や。

◇初出=『ふらんす』2018年5月号

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著者略歴

  1. 福島祥行(ふくしま・よしゆき)

    大阪市立大学教授。仏言語学・相互行為論・言語学習。著書『キクタンフランス語会話』

  2. 國枝孝弘(くにえだ・たかひろ)

    慶應義塾大学教授。仏語教育・仏文学。著書『基礎徹底マスター!フランス語ドリル』

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