第46回 オック語とオイル語
ラヴォワジエと「コレ」
クニー:ヨシ、ダイエットやめたの?
ヨシ: 質量保存の法則La loi de conservation de la masse て知ってる?
クニー:あの、化学変化の前後で、質量は変化しないって法則だよね。
ヨシ:つまり、ダイエットして10キロの脂肪を燃焼させると、1.6キロの酸素と8.4キロの二酸化炭素になって、体外に放出されるっちゅうわけや。
クニー:ヨシの体重は減るけど、地球全体手の質量は変化しないわけだね。
ヨシ:な?
クニー:いや「な?」っていわれても。
ヨシ: そらもう、パリ協定Accord de Paris、2015年の11月から12月の2週間にわたって開催された「第21回気候変動枠組条約締約国会議」、仏語でConférence de Paris、英語でConference of Paris 、略してCOP 21 いわれる会議で提案された協定に決まってるがな。
クニー:まさか、ダイエットと温室効果ガスを結びつけているのでは……?
ヨシ:その協定の第2条に、「地球の平均気温上昇を、産業革命以前のレベルにくらべ、厳密に摂氏2度以下としたうえで、摂氏1.5度に抑えるための行動をつづけること」いうて、温室効果ガス、つまりは二酸化炭素やメタンなんかを抑えることになってるやん。世界第2位のCO2排出国アメリカがこの協定からぬけてもた現在、このぼくも微力ながら温室効果ガス排出削減に協力しようと─。
クニー:そんなこというなら、オナラもしちゃダメだし、そもそも呼吸もしない方がいいってことになるのでは??
ヨシ:あ……。
クニー:ところで、モノが燃える実験をつうじて、モノが燃えると燃素(フロギストン)って元素が放出されるという説があったんだけど、質量保存の法則を考え、「近代科学の父」と呼ばれながらも、惜しくも大革命で断頭台の露と消えたラヴォワジエLavoigier が、それだと、燃えがらの質量が減ってることの説明がつかないと反論したら、燃素には「マイナスの質量がある」とかいう説がでてきたんだ。こういう、その場しのぎ的な仮説を「ad hoc(アドホック)仮説」と呼ぶらしいよ。
ヨシ:ラテン語の前置詞ad(~に関して)と指示詞 hoc(これ)、つまり、「これに関して仮説」っちゅうことやね。ちなみに、hoc の前に聞き手の注意をひくvoilà に相当する ecce いう語がついてecce hic になり、それが古フランス語やとici になんねん。
クニー:というふうに、ici の語源でもあるラテン語hoc は、「肯定」をあらわす語として、ふるい南仏語ではoc となり、ふるい北仏語ではそれに人称代名詞のil がついてoïl になった。つまり、Langue d’oc(オック語)もOccitanie(オクシタニー)も、hoc に由来するわけ。
ヨシ:まさか、そのネタを開陳するために、ぼくにダイエットの話をふった?
クニー:ふっふっふっ。
ヨシ:なんと、クニー、恐ろしい子!
クニー:というわけで、オック語の話。
ガスコンとタルタラン
ヨシ:むかし同僚やったラヴェル先生は日本思想史の専門家で、クセジュ文庫でLa Pensée japonaise を出したり、西田幾多郎の仏訳を出したりしはった人やけど、南仏ロト=エ=ガロンヌ県のアジャンの出身で、Occitanie : Histoire politique et culturelle (2004, Institut d’Études Occitanes) いう本も書いてはる。ちなみに、Agen の発音はやけど、当地では[a gɛŋ] らしで。
クニー:examen みたいに en を in とおなじように発音すると。そして、現地では、南仏式で「アジェン」になる。
ヨシ:そのラヴェル先生、1947年生まれやねんけど、オック語を日常的に話すんは、すでにおばあさん世代しかおらんかったというてた。ご自身は、小学校で習ろたそうや。ちなみに、ラヴェル先生、来訪時間もきっちり守らはるし、奥さまはアルザスびと、ワインよりもビールが好きな、ラテン系らしからぬお人やった。
クニー:アジャンといえば、西はボルドー、東はぼくの留学先のトゥールーズがギリギリはいるかはいらないかというガスコーニュGascogne 地域の東北端の街で、つまりその先生もガスコーニュ人Gascon なはずだよね。ガスコンといえば、「噓つき」とか「ホラ吹き」とかいうけど、全然ちがう。
ヨシ:ラ・フォンテーヌの「熊と庭好き」に「ガスコン式に切りぬけるse tirer enGascon」 いうことばが出てくるけど、これは「だます」ってことやからね。
クニー:ガスコンといえば、『三銃士』のダルタニヤンD’Artagnan がそうだし、エドモン・ロスタンが書いた芝居『シラノ・ド・ベルジュラック』でも、シラノ・ド・ベルジュラック自身がガスコーニュ人で、ほかにもガスコンの青年隊cadets de Gascogne が颯爽と出てくるんだけどね。
ヨシ:「これはこれ、ガスコンの青年隊」ね。ちなみに、第三の新人たちと同世代で、「メーゾン・ベルビウ地帯」とかの幻想風味小説を書いた椿實(つばきみのる)の小説集に、柴田錬三郎の寄せた文章が、印刷されてみたら「これがスコンの青年隊」になってもうたってハナシが、安岡章太郎の『良友・悪友』の「柴田錬三郎についてのスコン的観察」に出てくる。
クニー:ガスコーニュじゃないけど、あの「最後の授業」で有名なアルフォンス・ドーデのTartarin de Tarascon も、ホラ吹き設定だよね。アヴィニヨン近くのオック語圏のタラスコン出身って設定で、ドーデは、パリからマルセイユに向かう列車のなかで、南仏のアクセントをもっともよく響かせてるって理由で「タラスコン」という地名を採用したと、「パリの三十年」の中で書いてる。
ヨシ:タルタランのばあいは、いつの間にか、当人も、やってないことをやったかのように信じこんでしまうのが、冒険の発端やった。彼の内には、向こう見ずなドン・キホーテと、消極的なサンチョ・パンサが同居してるっちゅう設定。
クニー:そして、タルタランは、生粋の南仏人だから、Non ! を Nan ! と発音するし、autrement をautremain、au moinsを au mouain、Prince を Préïnce と発音することになってる。
ヴィレル=コトレ勅令にいたる道
ヨシ:ドーデの作品は19世紀後半から末にかけて発表されてるけど、南仏の発音、というか、オック語とオイル語の関係で、後者が決定的に上になんのは、第42回(2019年9月号)の放談でもとりあげた1539年のフランソワ1世によるヴィレル=コトレの勅令が、裁判関連文書は、北仏のオイル語を「母語たるフランス語」いうて使うように命じたことからやね。
クニー:でも、あれは、ラテン語だとわかんない人が増えたからだったよね。
ヨシ:そう書いてあるんやけど、この勅令は、「フランス語=オイル語」の排他的使用を規定したもんで、オック語、プロヴァンス語、ブレイス(ブルトン)語なんかが排除されることになったんや。そして、この勅令、いまでも有効で、裁判の文書はフランス語以外禁止いうことの根拠になってんねん。
クニー:なんと、現在も!
ヨシ:じつは、1490年12月28日にシャルル8世が署名した「ラングドック地域の裁判規則にかんする勅令」では、裁判の調書に、ラテン語やのうて「フランス語もしくは土地の母語langage françois(français) ou maternel」を使うように命じとるし、1510年にルイ12世が、「土地の俗語とことばvulgaire et langage du païs(pays)」を使うように命じとる。さらに、フランソワ1 世かて、1531年、ラングドックの公証人に契約を「契約者の俗語」で書くように命じ、1535年には、イス=シュル=ティーユの勅令で、プロヴァンスでは裁判の文書を「フランス語、あるいはすくなくともプロヴァンスのことば」で書くように命じてんねん。
クニー:で、1539年にオイル語オンリーになるんだね。だんだん、オイル語の圧が高まってきてる。でも、こう見ると、フランスの王さまたちは、南仏とかの地方のことばを、そんなに否定してはいなかったのかな。結果的には、排除することになっちゃったけど。
ヨシ:そこで、さっきのラ・フォンテーヌの「熊と庭好き」の教訓やで。「アホな友ほどアブナイもんはない。賢い敵のほうがましやRien n’est si dangereux qu’un ignorant ami ; Mieux vaudrait un sage ennemi.」善意とはいえ、よう知らんと何かやったら、ヤラカしてまうわけや。
クニー:お、キレイにまとめたね。ヨシのことだから、「オクシタンに臆シタンやない」ってオチかとおもった。
ヨシ:そんなこという奴ァ故郷(くにー)へ帰れ!
◇初出=『ふらんす』2020年1月号