第16回 大統領選挙とフランス語
マクロン大統領誕生
クニー: ご存知のように、Emmanuel Macron が大統領になりました。
ヨシ:16 年4 月に政治運動組織En marche !( 前進!) ── いまは、La République en marche !(共和国前進!)──を立ち上げ、8 月には経済・産業・デジタル大臣を辞任して、その後出馬宣言。わずか1 年あまりで本当に大統領になってまうとはねえ。
クニー:Ni droite, ni gauche「右でもなく、左でもなく」の表現どおり、既成政党の支持基盤なしに選ばれた。それでも積極的に選ばれたとは言いがたく、第2回投票の前にはNi Le Pen ni Macron「ルペンでもなく、マクロンでもなく」のスローガンで、候補者2 人ともにノーをつきつけるデモがあったり、vote blanc(白票)とvote nul(無効票)が投票総数の12% にも上り、記録的だったよ。
ヨシ:それでも5 年間は大統領職につくわけや。ちゅうことで、ぼくらがまず気ィつけたいこと~!
クニー:気をつけたいこと~?
ヨシ:Macron の発音やね。カタカナだとマ・ク・ロ・ンと4 モーラ(拍:音の単位)やけど、発音記号では[ma-krɔ̃]と2 音節なんで、半分の二息で発音しま。
クニー:音の切れ目も重要だね。流音[r/l]以外の子音(この場合は[k])と流音は一組みで発音するというルールがあるから、[k]から力を込めて[krɔ̃]と一気に発音する必要がある。
ヨシ:ちなみにmacaron もマ・カ・ロ・ンと4 モーラやけど、フランス語やと[ma-ka-rɔ̃]とこちらは3 音節やで。
クニー:ぼくはマカロンより éclair エクレアが好き。それに見て! 発音は[e-klɛ:r]と2 音節、k とl はさっきのルールどおり一緒になって、[k]から発音する!
ヨシ:クニー、食べながら話したらあきまへん。親から言われたやろ?
候補者のプログラムを読んでみる
クニー:今回の大統領選には11 人が立候補したけれど、その中で4 人が主要候補と言われたね。
ヨシ:実際、その4 人、第1 回投票やと、マクロン、ルペンに続いて、フィヨン、メランションの順番やった。
クニー:それぞれ中道、極右、右派、急進左翼と言われたけど、実際にはそんなきれいに色分けできるほど単純ではないということが明らかになったのも、今回の大統領選の特徴だったね。
ヨシ:たとえば、極右と言われるルペンの選挙プログラムに書かれてる標語はAu nom du peuple。急進左翼と言われるメランションの標語はLa force du peuple。ともにpeuple が使われとる。
クニー:白水社ラルース仏和辞典は、語義の説明が丁寧でお気に入りなんだけど、この辞書でpeuple をひくと意味が3 つ載っていて、そのひとつが「(金持や上流階級でない)庶民、民衆」。
ヨシ:それぞれ「民衆の名において」、「民衆の力」と訳せて、2 人ともグローバル経済の流れに置き去りにされている人々に呼びかけてるわけやね。
クニー:この2 人は欧州連合にも批判的だったね。ルペンはretrouver notre liberté en restituant au peuple français sa souveraineté「フランス国民の手に主権を取り戻すことによって自らの自由を再び見出す」と言い、メランションは欧州連合は官僚の支配、ドイツの支配だと批判するとともにstopper la libéralisation et la privatisation des services publics demandées par Bruxelles「ブリュッセルが求める公共サービスの自由化・民営化をストップさせる」と主張している。
ヨシ:ブリュッセルてのは、EU の本拠地のことやね。でも移民問題についてはまったく異なる立場やな。
クニー:ルペンの「144 の公約」では、移民の数の制限だけではなく、supprimer le droit du sol やsupprimer la double nationalité extra-européenne と、「(国籍取得に関する)出生地主義の廃止」、「ヨーロッパ以外の国との二重国籍の廃止」を訴えている。またヨーロッパ内の移動の自由を定めたシェンゲン協定からの離脱も主張しているんだ。ぼくは人権に基づいて人間が獲得した自由のひとつは「移動・移住の自由」だと思うけれど、それが根こそぎ否定されている。
ヨシ:移民については右派のフィヨンもnous nʼavons pas besoin [ . . . ] de lʼimmigration pour soutenir notre croissance「フランスは経済成長を支えるのに移民は必要ない」と明言しとる。移民=労働力っていう発想やね。
クニー:ルペンの公約の中ではELCOの廃止という教育政策にも踏み込んでるけれど、これも移民問題に関係してる。
ヨシ:ELCO はlʼenseignement des langues et cultures dʼorigine「出身言語・文化教育」の略で、そもそもが移民の子供たちへの教育保障のために設けられた制度やからね。もちろんこれは40 年以上前からの政策で、時代に合わせて変化してきた。外国語教育や異文化間教育という側面も増してきとる。その一方で、例えば出身国の言語と子供の母語とのずれなんかの問題点も多く指摘されてる。ただその廃止を公約に掲げている意味は、これが「移民のための政策なのだ」っちゅう面を強調するためやねんな。
クニー:移民問題は大統領選挙の争点のひとつだったけど、具体的に何を主張しているのか見定める必要があるね。
ヨシ:せやね。あとは言われてへんことにも注意する必要がある。たとえばLGBT の問題。Marianne 誌の4 月28日付のWEB 版記事によれば(https://www.marianne.net/politique/droits-des-lgbt-marine-le-pen-prepare-discretement-la-grande-regression)、ルペンは今回の選挙で、LGBT への言及を避けてるけど、公約を読んだら「ハンディキャップのある人、健康の問題をかかえている人への差別の禁止」とはあっても、LGBT には言及してへんねん。
クニー: 体外受精とかのPMA(procréation médicalement assistée 生殖補助医療)についても、マクロンが一人暮らしの女性、あるいは女性同士のカップルへの適用に積極的なのに対して、ルペンは不妊のケースだけに限ってるね。
ヨシ:そのマクロンやけど、これからどないな政策を行なっていく気やろね?
クニー:プログラムを読んでて気づくのはnouveau/nouvelle「新しい」という形容詞が頻繁に使われていること。
ヨシ: 表紙にかてbâtir une France nouvelle「新しいフランスを打ち立てる」てある。
クニー:経済では、エコロジーに配慮しつつ、inventer un nouveau modèle de croissance「新しい経済成長モデルを戧る」、労働についてもinventer de nouvelles protections「新たな保護策を戧る」、それ以外にもデジタル社会、交通網などさまざまな分野で「新しさ」に言及しているね。
ナショナリスト? パトリオット?
ヨシ:ところで、今回の第2 回投票にむけた選挙活動の最中に、二人が共に使こてた語があったね。どちらも自分こそがpatriote やて言うとった。
クニー: それを受けてマクロンはJe souhaite devenir votre président, le président des patriotes face à la menace des nationalistes.「私の願いは、みなさんの大統領、ナショナリストの脅威に対して、パトリオットの大統領になることです」と演説した。
ヨシ:マクロンはルペンをナショナリストやいうて批判してるわけやけど、ここでのナショナリズムは、フランスが第一、フランス人が第一という排他的な国粋主義という意味で使こてるわけやね。
クニー:それに対してパトリオティスムは、国としてのフランスへの愛の表明だね。
ヨシ:ただマクロンは欧州連合推進派やからね。そのあたりの整合性をどうとるのか。それから経歴を見るとまず目に入ってくるのがénarque ということば。政治家・高級官僚・大企業の社長を輩出するエリート校ENA(École nationale d'administration国立行政学院)の卒業生のことやね。
クニー:その後投資銀行に入って、目が飛び出るような年収を得ていたキャリアの持ち主。その人物が言うフランスとは具体的に誰を見据えているのか、その政策をしっかり見ていかないといけないね。
【参考資料】
・programme d'Emmanuel Macron(マクロン)
https://storage.googleapis.com/en-marche-fr/COMMUNICATION/Programme-Emmanuel-Macron.pdf
・programme en trois minutes(メランション)
https://avenirencommun.fr/app/uploads/2017/04/programme3minutes-1.pdf
・mon projet pour la France(フィヨン)
https://www.fillon2017.fr/wp-content/uploads/2017/04/PROJET_FRANÇOIS_FILLON_2017.pdf
・Ma profession de foi(ルペン)
https://www.marine2017.fr/2017/04/17/remettre-france-ordre-profession-de-foi/
◇初出=『ふらんす』2017年7月号