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福島祥行+國枝孝弘「ヨシとクニーのかっ飛ばし仏語放談」

第45回 ジャック・シラク元大統領をめぐって

シラク元大統領と核実験

ヨシ:「すゅぺ~る、まんとぅーる!「すゅぺ~る、まんとぅーる!」

クニー:ヨシ、そのパッツン、パッツンの赤いTシャツに、びよーんと横に伸びちゃった胸のSのマークは何なの?

ヨシ:失敬な!これはスーパーマンやのうて、Super menteur や!

クニー:パペットを使った風刺テレビ番組Guignol de l’info で、スーパーマンの恰好をしたジャック・シラク人形が「すんごい噓つき」って揶揄されてたけど、それね!

ヨシ:そう! ジャック・シラク元大統領が亡くなったからね。

クニー:1995年から2007年まで12年に渡って大統領を務めたね。僕が2回目の留学をしたのがちょうど95年の夏だったから、その年のことはよく覚えてる。

ヨシ:ぼくも、この年のことは忘れへんで。就任早々、シラクが行ったのが南太平洋のフランス領ポリネシアのムルロワ環礁での核実験やったさかいな。

クニー:フランスは、本国からはるか離れたこの場所でずっと核実験を繰り返してきた。そしてこの時が最後の核実験だったけれど、当時は核軍縮の機運もあって、世界中で批判がわきおこったね。それに95年は広島、長崎に原子爆弾が落とされてからちょうど50年目の年。

ヨシ:ムルロワ環礁は、もちろん日本からも遠いけど、同じ太平洋。海をずぅっと渡ってってたら、そこで核実験が行われていることを想像して、いてもたってもおられへんかったね。

クニー:僕もリベラシオン紙の1面に大きく載った核実験の爆発の写真が今でも目に焼きついているよ。

ヨシ:シラク元大統領の死を悼む声は多く、特に好意的な論調が目立っとるね。Nouvel ObservateurL’Obs, 2019年9月30日Serge Raffy によるブログ記事)では、その愛された理由を探る記事が出てる。この記事やと、シラクが古き良き意味での「最後の君主」(le derniermonarque)を想起させるからやと述べとる。それはええねんけど、気になったんは、ムルロワ環礁の核実験についての言及があれへかったことや。

クニー:確かに。「イラク戦争にノンを言った男« l’homme qui a dit non à la guerre en Irak »」と、「フランス国内での反ユダヤ主義に基づく一斉検挙に加担したヴィシー政府の責任を認めた男[l’homme] qui a reconnu la responsabilité de Vichy comme complice des rafles anti-juives sur notre sol »」。どちらもとても重要な出来事だけれど、「核実験のことを忘れてるのでは?」と言いたくなるね。

シラク元大統領の慶應義塾大学での講演

ヨシ:そのシラク大統領やけど、大相撲がめっちゃ好きやとか、親日家やったことは有名な話やん?

クニー:就任の翌年、96年に慶應義塾大学に来訪して、講演会を行ったんだけれど、僕も実際に聞きに行ったんだ。講演の最初に、ギメ美術館での日本との出会いや、日本の芸術・文学に触れたくだりが、特に印象に残っている。「ああこれがフランス大統領の教養なのか」と思ったよ。

ヨシ:ほな、その講演を格調高く読んでたもーれ!

クニー: « Le choc esthétique ressenti devant votre statuaire bouddhique m’a tout naturellement conduit à vouloir connaître les autres aspects de votre civilisation. »

ヨシ:「日本の仏像を前にして覚えた美的衝撃によって、私は日本の文明の他の側面も知りたいと自然に思うようになりました」。シラク大統領はその後、アジア・アフリカの民俗品や芸術作品を収めたケ・ブランリ美術館を作るねんけど、若い時から、こうした文化に興味があったんやな。

クニー:« À cette époque, j’ai découvert avec bonheur le Man-Yo-Shu, ce monument de votre littérature classique que je relis régulièrement et que j’ai voulu voir traduit entièrement en français.»

ヨシ:「日本の古典文学の金字塔である『万葉集』との幸せな出会いがあったのもこの時期で、今でもよく読み返しますし、フランス語での全訳も望みました」。やっぱ、フランスの大統領としては「詩」への言及は欠かせへんよね。

クニー: « Depuis, j’ ai appris à aimer également les chefs d’ oeuvre de vos auteurs modernes, parmi lesquels je voudrais citer ENDO Shusaku, ancien élève de Keio et l’un de vos plus grands écrivains contemporains, disparu il y a quelques semaines. »

ヨシ:「以来、日本の近代作家の作品にも親しむようになり、その中には、慶應義塾大学の卒業生で、数週間前に亡くなられた、偉大な日本の現代作家のひとり、遠藤周作氏の作品もあります」

クニー:それ以外にも、在日フランス大使であった文学者ポール・クローデルのこと、『日本書記』、『古事記』、陶芸、日本庭園、そして相撲の力士と、日本への愛を語っていたんだ。思わず引き込まれる魅力的な講演だったよ。

ド・ヴィルパン外務大臣の演説

ヨシ:魅力的な講演いうたら、先ほど触れたけど、イラク戦争に反対の姿勢をはっきりと打ち出した、国連安全保障理事会でのド・ヴィルパン外務大臣の演説が思い出されるね。アメリカの強引な開戦論に対して、フランスが独自外交を歩んだと話題になった。

クニー:演説はフランス語の勉強にもとても役立つよ。

ヨシ:たとえばこんな発言。« Une telle intervention pourrait avoir des conséquences incalculables pour la stabilité de cette région meurtrie et fragile. Elle renforcerait le sentiment d’injustice, aggraverait les tensions et risquerait d’ouvrir la voie à d’autres conflits.»

クニー:「このような軍事介入をすれば、すでに傷を負い、脆弱になったこの地域に対して計り知れない結果をもたらすことになるでしょう。不正義という気持ちが強まり、緊張状態は悪化し、さらなる紛争への道をひらいてしまう危険が生まれるでしょう」

ヨシ: 文法的には、主語のune telle intervention が条件節の代わりになっとる。なので「軍事介入をすれば」と訳す。ほんで、その条件の結果が条件法現在で表されとるわけやね。

« -ac » と固有名詞

クニー:ところでChirac という名前だけれど、-ac という語尾が南仏を思いおこさせるね。

ヨシ: 接尾辞-ac は、ラテン語の« -acum » から来とって、それ自身ガリア語の « -acos » からの派生で、「~の土地」を意味するさかいな。たとえば「アウレリアの土地」やったらAureliacum。これがフランス南部やとAurillac となる。フランスの中央、少し南にある町の名前や。

クニー:フランス北部だと« y » がついて、変化してOrly となる。オルリー空港のオルリーだね。

ヨシ:南仏はオック語圏、北仏はオイル語圏、それがこの語尾の違いとして現れとるわけや。

クニー:ぼくは南仏のトゥールーズに留学していたけれど、まわりには-ac で終わる地名が多く、たとえば空港がある町の名はBlagnac ブラニャックだった。

ヨシ:もっと北上してもCognac コニャックみたいな、-ac の土地名が見つかるで。

クニー:そのあたりはもともとオック語圏だったところが北のオイル語に次第に侵食されたと考えられるね(Henriette Walter, Cognac, Vitrac, Bergerac ? Les différentes origines des noms de lieux en-ac, Canal Académie 2012年7月22日ネット配信)。

ヨシ:ほんで、地名由来の苗字にも、-ac で終わるのは、Chirac のほかに沢山あるね。たとえば、エドモン・ロスタンの戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』のタイトルで有名な17世紀の作家Savinien de Cyrano de Bergerac は、Bergerac ベルジュラックという領地を所有したことからこう呼ばれとった。

クニー:それこそ、遠藤周作も訳している、ボルドー出身の小説家フランソワ・モーリヤックもMauriac で、やはり-acがついているね。

ヨシ:シラク元大統領本人はパリ生まれやけど、最初に選挙に立候補したんは、フランス南西部のCorrèze 県─ Chiracいう村がある─やった。そこには自分の出自への愛着の情もあったんやろね。なにしろ、「Chirac は詩人(トゥルバドゥール)のことばであるオック語由来」いうてたらしいしな。

クニー:では今夜は僕たちも南仏への愛をこめて、お気に入りのワインGaillacで乾杯しましょ!

◇初出=『ふらんす』2019年12月号

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著者略歴

  1. 福島祥行(ふくしま・よしゆき)

    大阪市立大学教授。仏言語学・相互行為論・言語学習。著書『キクタンフランス語会話』

  2. 國枝孝弘(くにえだ・たかひろ)

    慶應義塾大学教授。仏語教育・仏文学。著書『基礎徹底マスター!フランス語ドリル』

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