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福島祥行+國枝孝弘「ヨシとクニーのかっ飛ばし仏語放談」

第39回 その意味って何?─反語・皮肉

オー!シャンゼリゼ !

ヨシ:なんや、クニー? 浮かん顔して。

クニー:いやあ、実はドと、レと、シと、ファと、ソと、ラの音が……。

ヨシ:クラリネット壊れたんかいな、ってクニー、クラリネットできるんかい。前に「天気のいい日は、窓を閉めて、ステレオのスイッチ入れて、音楽を大音量でヘッドホンで聞く」のが趣味やけど、楽器はまったくできへん、ってゆうてたやん。

クニー:うん、できない。そうじゃなくて、クラリネットの歌、僕の授業の持ちネタで、実は歌詞がフランス語だって学生たちを驚かせてたんだけど、最近歌そのものを知らない学生が結構いるんだ。

ヨシ:「オパキャマラド」が実は« Au pas, camarade(s) » で、「行進せよ、同志!」の意味で、軍隊の行進から来ているらしい、ちゅうのね。でも「オー・シャンゼリゼ」があるよ。あれは「オー!」じゃなくて、« Aux Champs-Élysées »、「シャンゼリゼで」やからね。

クニー:シャンゼリゼと言えば、« gilets jaunes »「黄色いベスト」運動に乗じた、casseurs「壊し屋たち」の暴動が話題になるけれど、この間フランスのラジオ局Europe 1 を聞いてたら、サルコジ元大統領の声をまねて « Oh non ! Mon Fouquet’s à moi est tout cramé ! » って言って、スタジオでバカ笑いしてた。« Nicolas Sarkozy peiné par la violence des casseurs » ってタイトルで番組のブログにも載せてた。

ヨシ:「あ~! 僕のフーケ(ッツ)が丸焦げだ!」。「ニコラ・サルコジ、壊し屋の暴動に苦しむ」いうわけやな。フーケは、シャンゼリゼにある高級レストランやから、それを「僕の」って言うあたりに皮肉が効いとんな。ちなみにà moi は所有形容詞の強調、cramé はくだけた語で「焦げた」っちゅう意味。

クニー:フランスはこうした政治家を揶揄する番組が結構多いよね。

ヨシ: いわゆるひとつのあざけり、moquerie とかraillerie ですな。

クニー:こうした嫌味は、サルコジやフーケが、フランス人にどんなイメージを喚起するか、文化的なことを知らないと、なかなか笑えないね。

ヨシ:確かに、単語だけ知っとっても、そこに込められた意味がわからへんいうのんはようあるね。

クニー:文化的知識ではなくても、単語の直接的な意味からはなかなか類推ができないニュアンスを含んだ表現もあるね。今回はそんな表現を紹介してきましょ!

否定や反語表現がもつニュアンス

クニー:まずは否定表現。よく耳にする« C’est [Ce n’est] pas mal. » や« C’est[Ce n’est] pas si mal. » は、直訳すれば「悪くない」「そんなに悪くない」だけれど、ニュアンスはかなりポジティブ。

ヨシ:「かなりいいよ」って感じやね。数量表現にも使えて、« Kuni a pas mal de vinyles. » 「クニーはかなりのアナログ盤を持っている」となる。

クニー:もう本とレコードで部屋の床が抜けそう、ってそんなことはどうでもよくて、他にも« Il n’est pas bête. » は「彼はバカじゃない」→「頭がいい」と、結構ポジティブな意味で使われるね。

ヨシ:意味が真逆になる表現もあって、そうなるとなかなか理解が難しね。例えば« Ne vous gênez pas. » は、直訳すると「遠慮しないでください」。

クニー:なのに、実際には皮肉として「ずうずうしい人ですね」っていう意味で使われることが多い。

ヨシ:否定のニュアンスの難しさは優等比較級の否定文でも現れるで。« Kuni n’est pas plus rapide que moi.» は、ときに「クニーかて、ぼくよりそれほど早いってわけやない」となる。つまりどっちもそれほど仕事が早いわけやない、「どっちもどっちやでー」ってなる。

クニー:疑問文も、実は尋ねているというよりも、むしろ反対のニュアンスを相手に伝えるために使われることがあるね。反語表現と言われるよ。

ヨシ:« Qu’est-ce que tu veux que je te dise ? »「何を言って欲しい?」と問いかけているようでいて、実は「何て言うたらええねん? 言えることなんかあれへんで」と、反発の気持ちを伝えている。

クニー:条件法を使った言い回しにも反語になるのがあるね。« Qui pourrait le blâmer d’avoir menti ? »「噓をついたからといって、誰が彼を咎められようか?」→「いいや、誰も咎めることなどできない」となる。

ヨシ:ぼくのお気に入りの表現は« À quoi bon ? »。「それが何の役に立つんや? 何にもなれへん」って意味。ゲンズブールの« Aquoiboniste »(邦題「無造作紳士」、歌:ジェーン・バーキン)もこっからきとる。いつもこのセリフを言っている人物が主人公の歌やで。

意味が生まれる

クニー:使い方によって意味に注意するものもあるよ。例えば« Tant pis ! » 自分がしくじったことであれば「しょうがない」。でも« Tant pis pour toi ! » とpour ~をつけると、相手に対して「自業自得さ」となる。

ヨシ:Petit Robert は« Tant pis pour ~ »を、« C’ est dommage mais c’ est bien mérité, c’est bien fait. »「それは残念、でもそれは当然の報いやし、当たり前や」と説明してるで。

クニー:« C’est bien fait. »「それはよくなされている」も、pour ~と一緒に使われて「~にはいい気味だ」という意味になる。こんなよく知っている単語でも、特別な言い回しがあるから注意がいるね。

ヨシ: « Tu parles ! » も、基本動詞を使こてるけど、「あんたは喋ってる!」は、実際には「何言うてんねん!」と相手の言葉を否定する表現になったり。

クニー:この表現には苦い思い出があってね。留学時代、遊びに行った友人宅に小学生くらいの息子さんがいて、彼と遊んでいるうちに、打ち解けてきたのか、僕に冗談やばかにすることを言い出したので、僕もふざけて« Tu parles ! » って言ったら、その子、青ざめちゃってね。大人が子どもに言うには相当キツイ表現になっちゃったんだ。言葉を使うときは場面をしっかり意識しないとだめだって反省したよ。

皮肉と文学

ヨシ:さっき「意味が真逆になる」って話をしたけど、フランス語のironie の定義がそれやね。再びPetit Robert をひくと«Manière de se moquer(de qqn ou de qqch.) en disant le contraire de ce qu’on veut faire entendre »「伝えたいこととは反対のことを言うて、(誰か、何かを)ばかにする仕方」とある。

クニー:たとえば« Il n’en rate pas une. »「彼はどんな機会も逃さない」は、実は全く逆の「彼はいつもへまばかりしている」の意味。他にも« Tu as l’art de ~ »「~するすべを知っている」は、« Tu as l’art de m’énerver. »「ぼくを怒らせるのが実にうまいな」のように皮肉をこめた言い回しとして使われるんだ。

ヨシ:ぼくが好きなんはsacré いう単語。「神聖な」という意味なのに、ときに名詞の前で非難の感情をこめて「このいまいましい~め!」ってなる。フランス・ギャルの歌にあるねん。« Qui a eu cette idée folle un jour d’inventer l’école ? / C’est ce sacré Charlemagne, c’est ce sacré Charlemagne. » てな。「学校なんて作りよったアホんだらは誰や? シャルルマーニュの野郎や、ホイ! シャルルマーニュのアホんだらや、ホイ!」

クニー:適訳なのか意訳なのか、よくわかりません……。が、要はsacré が「あのいまいましい」って意味で、学校嫌いな子どもたちが怒ってるってことね。

ヨシ:シャルルマーニュ(カール大帝)は、ラテン語教育に熱心で、教育施設を作らせたことから、学校の始祖とみなされとる。もちろん「聖シャルルマーニュ」の意味ともかけてるんや、ホイ!

クニー:最後に文学からも。チェコ出身のミラン・クンデラが『小説の技法』で「小説は皮肉の芸術だ」と言っている。これは皮肉が本当に言いたいことを隠しているように、小説も真実を隠している、つまり正解があからさまに示されたものは小説ではないと言ってると思うんだ。

ヨシ:実は言語行為において「文字通りの意味」なんてあれへん。《意味》はあなたとわたしの間で、たえず生まれ、そし消えていっとるわけや。言語行為は、新しい意味を生み、その意味は日常に浸透したり、あるいは、廃れたりする。言語活動は不断の運動なのだ!

クニー:すごいヨシ! ヨシって本当にsacré talent の持ち主だね!

ヨシ:それってほめてんの? 皮肉なの?

クニー: The answer, my friend, is blowin’ in the wind !風に吹かれて~!

◇初出=『ふらんす』2019年6月号

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著者略歴

  1. 福島祥行(ふくしま・よしゆき)

    大阪市立大学教授。仏言語学・相互行為論・言語学習。著書『キクタンフランス語会話』

  2. 國枝孝弘(くにえだ・たかひろ)

    慶應義塾大学教授。仏語教育・仏文学。著書『基礎徹底マスター!フランス語ドリル』

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