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福島祥行+國枝孝弘「ヨシとクニーのかっ飛ばし仏語放談」

第29回 高畑勲とフランス

児童文学をプレゼント

クニー:ヨシ、選んでください。大きな赤色の包みと、小さなピンク色の包み、どっちをえ・ら・び・ま・す・か!

ヨシ:そんなに大きさかわらんけどな……。ほな、ピンク色の方!

クニー:はいどうぞ、中を開けて!

ヨシ:『しんせつなともだち』! 表紙のうさぎの絵を描いた村山知義、大好きやねん! 芝居もやってたし!

クニー:プレゼントです。いつまでもともだちでいましょ! で、こっちの赤色の包みもプレゼントです。

ヨシ:相変わらずややこしい演出してくれるなあ。あ、こっちは『いやいやえん』やんか! 中川李枝子さん大好き! 子熊の「こぐちゃん」が表紙やし!

クニー:個人的には三木卓が訳を手がけた〈かえるくん〉シリーズも好きなんだけど、ヨシはなんか『いやいやえん』って感じがしてね。

ヨシ:『いやいやえん』言うたら、ジブリでアニメーション化の企画として取り上げたことがあるんやね。実現には至らへんかったけど。宮崎駿と高畑勲の両監督対談で触れられとる(高畑勲『アニメーション、折りにふれて』岩波書店)。

 

Le Mondeの追悼記事

クニー:高畑監督、今年惜しくもお亡くなりになったね。Le Mondeにも追悼記事が載ったよ(2018年4月6日付)。その記事では、5本の代表作を紹介しながら監督の業績を振り返っている。まずは« Le Tombeau... »

ヨシ:« des lucioles » ! 『火垂るの墓』! 「なんでホタルすぐに死んでまうん?」

クニー:« Mes voisins... »

ヨシ:« les Yamada »!『ホーホケキョ となりの山田くん』! 関西の偉大な4コマ漫画家、いしいひさいちが原作や!

クニー:ハイハイ、あとは僕が一人で紹介します。« Horus, prince du soleil »『太陽の王子ホルスの大冒険』、« Heidi »『アルプスの少女ハイジ』、そして« Le Conte de la princesse Kaguya »『かぐや姫の物語』。

ヨシ:この記事で高畑監督は« pacifiste mais aussi défenseur dʼun cinéma dʼanimation »「平和主義者であり、アニメーション映画の擁護者」と紹介されとる。実は、監督は「映画人9条の会」の発起人の一人で、ぼくの大学の「大阪市大9条の会」に講演しにきてくれはったことあんねん。そのときのチラシはぼくが作ったし、アテンド役でお話しもさせてもろたなあ。

クニー:「平和主義者」として紹介している点はとても重要だね。子供時代の空襲体験、戦後体験を語った『君が戦争を欲しないならば』(岩波ブックレット)の題名は、フランスの詩人ジャック・プレヴェールが「南仏での大きな反戦集会に集まった若者たちに」呼びかけた« Si tu ne veux pas la guerre, répare la paix »「君が戦争を欲しないならば、修繕せよ、平和を」(高畑訳)から取られてる。

 

高畑勲とアニメーション映画  

ヨシ:高畑監督は東京大学仏文科の出身。1935年生まれやから、同じく仏文科にいた大江健三郎と同い年やねんな。

クニー:『ふらんす』の「フランスと私」にも登場していらっしゃるね。2005年6月号に「アニメ映画とフランス」と題して、本人がアニメーションの道に進んだのは、フランスのアニメーション映画『やぶにらみの暴君』(原題はLa Bergère et le Ramoneur「羊飼い娘と煙突掃除夫」)を観たからだ、とおっしゃっている。

ヨシ:その映画の脚本と台本を書いたんがプレヴェールと監督もつとめたポール・グリモー。ところが二人は、この映画は勝手な改変が行われたとして認めてへん。結局グリモー監督が『王と鳥』Le Roi et l’Oiseauいうタイトルで「完成」にこぎつけたんは、『やぶにらみの暴君』公開から26年後の1979年やった。

クニー: その『王と鳥』が日本で公開されたのは、さらに27年後の2006年。スタジオ・ジブリが公開を決めて、高畑監督が字幕翻訳を手がけたんだよね。

ヨシ:高畑監督は他にもミシェル・オスロ監督のアニメーション映画『キリクと魔女』Kirikou et la Sorcière、『アズールとアスマール』Azur et Asmarの字幕翻訳もしてはるね。

 

高畑勲とジャック・プレヴェール

クニー: 高畑監督の翻訳としては何といっても、プレヴェールの代表的な詩集Parolesを『ことばたち』という題名で完訳版で出していることだね。今までプレヴェールは何度も紹介されてきたけど、全ての詩の完全訳は初めてだった。しかも詳細な注釈と解説が付けられている。

ヨシ:プレヴェールは« Je suis allé au marché aux oiseaux »「僕は行った 小鳥の市場に」で始まるPOUR TOI MON AMOUR「きみのために 恋人よ」や、« Il a mis le café / dans la tasse »「あいつはコーヒーをついだ/茶碗に」で始まるDÉJEUNER DU MATIN「朝の食事」が有名やなあ(いずれも高畑訳)。

クニー:しかしそれだけじゃない。プレヴェールには政治家、聖職者、ブルジョア階級を痛烈に風刺した詩も多いんだ。

ヨシ:『ことばたち』に収められた詩の多くは1930年代に書かれたもの。まさに戦争へと向かう時代で、プレヴェールは権力者たちを詩の中で痛罵しているね。

クニー:「バルバラ」はとても有名な歌だけど、この歌詞の中にも戦争についてこんな一節があるよ。« Oh Barbara / Quelle connerie la guerre »「ああバルバラ/なんてくだらないんだ戦争は」。戦争に勝って浮かれるのも、負けて恨みに思うのも、どちらもくだらない。なぜなら戦争は結局、恐ろしい破壊を招く。戦争が終わっても、決して元どおりにはならず、すべての価値は虚無と化す。それが戦争だと思っていたんじゃないかな。

 

高畑勲とジャン・ジオノ

ヨシ:高畑監督は、小説家ジャン・ジオノの『木を植えた男』も翻訳してはるで(『木を植えた男を読む』徳間書店)。そもそもは、この作品をアニメーション化したフレデリック・バックに心酔したことがきっかけらしね。

クニー:この翻訳にも詳細な解説が付けられている。高畑監督は、この物語は一人で木を植え続けた人間の私欲のない行為に感動するためではなく、自然破壊が進む世界の中で、現実に森林保護に行動を起こせるよう、希望を私たちに与えるためのものだ、と解説しているんだ。ぜひ本文を読んでほしいと思います。

ヨシ:プレヴェール、高畑、ジオノ、ベックをつなぐのが、戦争への徹底的な批判やね。ベックは1924年に現在のドイツ、ザールブリュッケンで生まれてんねんけど、このあたりはドイツとフランスの間で何度も帰属が変わった場所。子供時代はストラスブールで過ごしたけど、第二次次世界大戦が始まって、ブルターニュ地方のレンヌに避難してんねん。高畑監督は、そんな経験をもつベックが書いた自伝から「おぞましくも馬鹿げた戦争、またもや!」いう言葉を紹介してはる(「戦争・国境・民族・民俗─バックさんの自伝を読んで」前掲『アニメーション、折にふれて』所収)。

クニー:ジオノは、生涯を南仏のマノスクで過ごしたし、『木を植えた男』の影響で、自然を謳歌した小説家というイメージがあるかもしれないけれど、1937年、戦争が再び始まる不穏な空気の中にあってRefus d’obéissanceという作品を発表してる。

ヨシ:『服従の拒絶』やね。ジオノは第一次世界大戦に召集されとるさかい、そんときの体験を語ってるんやな。

クニー:その中にJe ne peux pas oublier「私は忘れることはできない」という短いテキストが収められてる。ここでジオノは、戦争によるトラウマは永続することを指摘し、戦争と資本主義の結びつきを激しく批判し、反戦主義をはっきり主張してる。

ヨシ:ジオノは、この作品の最後で戦争で殺された4人の仲間の兵士たち一人ひとりの名前をあげながら、« Je te reconnais » 「今でも君のことがわかるよ」と直接呼びかける。ほんで最後に « Je vous reconnais tous, et je vous revois, et je vous entends »「君たちみんなのことがわかるよ、今でも目に浮かぶし、声が聞こえる」いうて書いてんねん。

クニー:戦争の喪は永遠に続くんだよね。戦争はくだらない、戦争はしかし人々を永遠に苦しめる。だから戦争を欲しないならば、行動をしなくてはならない。

ヨシ:よっしゃ、まずは動くで! 行くで、クニー! なにしろ、ワシ、体鍛えて長生きせんとアカンからな! ♪歩こう、歩こう、私は元気~♪

クニー:節子、じゃなくて、ヨシ、それ、高畑作品やない、宮崎作品や。

◇初出=『ふらんす』2018年8月号

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著者略歴

  1. 福島祥行(ふくしま・よしゆき)

    大阪市立大学教授。仏言語学・相互行為論・言語学習。著書『キクタンフランス語会話』

  2. 國枝孝弘(くにえだ・たかひろ)

    慶應義塾大学教授。仏語教育・仏文学。著書『基礎徹底マスター!フランス語ドリル』

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