第5回 映画のタイトルとフランス語
『ぼくの伯父さん』
クニー:ヨシ……前から聞きたい、聞きたいって思ってたことがあるんだけど。
ヨシ:どないしたん? ヨシとクニーの仲やないか。悩みでも何でもいうてや。
クニー:ヨシってさ、親戚の人たちから「変なおじさん」って呼ばれてない?
ヨシ:え、そないなふうに思ってたんか? ひどい、図星や。けど「おじさん」やない、「オッチャン」や。
クニー:海野弘『おじさん・おばさん論』(幻戯書房、2011)は、小説や映画に出てくる古今東西のいろんなおじさんを紹介しているけど、そこにヨシもいるような気がして……。
ヨシ:クニー、優しそうな顔して、エゲツないこと平気でいう人やな。
クニー:最近だと木村友祐『イサの氾濫』(未來社、2016)という小説で、出身は東北だけど、乱暴者の叔父さんが、親戚からつまはじきにされ、最後は東京近郊で孤独のうちに息を引き取る話が書かれていて、面白かった……。
ヨシ:フランスで、変なオッチャンいうたら、やっぱりジャック・タチJacques Tati(1907-1982)の、タイトルもずばり『ぼくの伯父さん』(Mon oncle, 1958)やね。確かに変わってるけど、甥っ子をいろんなところに連れてってくれる。両親とでは決して知ることのでけん世界を見せてくれんのが伯父さんの役割やな。
クニー:ぼくもヨシといると、いろんな世界を発見できるよ~。というわけで今回もいろいろ教えて、おじさん!
ヨシ:「オッチャン」や、いうとるやろ!
映画と女優
クニー:映画が出てきたけど、ヨシの好きなフランス映画は?
ヨシ:まずは日本公開されてへんけどQue la lumière soit !(1998)やね。神様がシナリオを書いて、それを映画化するために地上におりてきてまうとこからして笑えるけど、何というたかて、主演のエレーヌ・ド・フジュロール Hélène de Fougerolles (1973- )に心奪われたわ~。
クニー:Que la lumière soit ! は創世記の始めにある「光あれかし」の意味だね。soitはêtreの接続法3人称単数の形で、〈que+接続法〉で願望や命令を表す。
ヨシ:クニー、いつもながらの文法愛や。それから『ロスト・チルドレン』(La Cité des Enfants Perdus, 1991)も好き。
クニー:直訳すると「行方不明になった子供たちの街」。『デリカテッセン』(1995)や『アメリ』(2001)で知られるジャン=ピエール・ジュネJean-Pierre Jeunet (1953- )が、マルク・キャロMarc Calo (1956- )と共同監督した作品だね。メルヘンかと思ったら、子供たちが誘拐されて奇怪な世界へと連れていかれる、悪趣味すれすれの映画っていい?
ヨシ:そんななかでも、主演のジュディット・ヴィッテJudith Vittet (1984- )の凛々しさがじつにええんやー。
クニー:ヨシって、結局主演女優のことばっかりじゃないですか~?
ヨシ:フランス映画いうたら女優と、昔から相場が決まってるがな。諺にも「映画は女優のためにある」On réalise des films pour les actrices. ていうやろ?
クニー:そんなの初めて聞いたよ!
映画とジャンル
ヨシ:フランスの映画情報ページで有名なんはAllociné (http://www.allocine.fr)やけど、これに限らず、情報誌には映画のジャンルが明記されるよね。
クニー:確かに。フランス人って分類好きなのか、結構細かくジャンル分けするね。『ロストチルドレン』のような風変わりな映画だとFantastique, Aventure, Sciences-Fictionsと3つも並んでる。
ヨシ:ファンタジーで、アドヴェンチャー、SFとな?!
クニー:他のジャンルだとromance(恋愛もの)、action(アクションもの)や、英語のthriller(スリラーもの)、biopic(伝記映画)なども使われるね。
ヨシ:先のAllocinéやと、34種類もジャンルがあるやん!
クニー:なのに、ぼくの好きなアキ・カウリスマキAki Kaurismäki (1957- )監督の『ル・アーヴルの靴磨き』(Le Havre, 2011)は、単にdrameだけなんだよ!
ヨシ:drameは「ドラマ」やのうて、むしろ「真面目な話」を扱ってるジャンルやね。もともと悲劇tragédieでも喜劇comédieでもなく、現実の人間模様を描くジャンルいうたらええかな。
クニー:そうだね。それからdrameには、「悲惨な出来事」という別の意味もあるよね。形容詞のdramatiqueは、日本語のドラマチックとは違って、「悲惨な、深刻な」という意味だよね。
ヨシ:『ル・アーヴルの靴磨き』は、靴磨きの初老の男が、アフリカから来た少年の密航を手助けする話やから、もちろん「ヒューマンドラマ」の意味やね。クニーはこういう人情ものが好きなんや?
クニー:そうかも。カウリスマキは「小さき人々」、貧しく、社会から半ば捨てられ、見向きもされない人々を主人公にしてて、でもそんな一人ひとりにも人生があり、ささやかな幸せを生きてる。
ヨシ:松竹新喜劇、藤山寛美(かんび)の世界やな。
クニー:藤山寛美?
ヨシ:そや。藤山寛美の人情もんの世界や。丁稚奉公に出されたでくのぼうが、みんなからバカにされても、結局一番人情に通じてるのはその丁稚さんや。うわー、泣けるわー。
クニー:う~ん、何か違う気がするけど、ヨシが言うと説得力がある……。
フランス文化とは?
ヨシ:ところでカリウスマキはフィンランドの人やけど、この映画はフィンランド・ドイツ・フランスの出資で、舞台はフランスで、フランス語で撮影されてる。
クニー:映画の世界は共同資本が多いという商業的側面は確かにあるけれど、でも、フランスはピカソやヘミングウェイの名前を出すまでもなく、多くの外国の芸術家を受け入れてきたし、今でも外国文化への好奇心は旺盛だよね。
ヨシ:仏国営ラジオ局France CultureにHors-Champsいう番組あるやん(http://www.franceculture.fr/emissions/hors-champs)。タイトルは「(映画の)カメラフレームの外」やけど、要は商業主義から外れたカルチャーも紹介していく番組。
クニー:月曜から金曜まで毎晩放送してるね。日本でもPodcastで簡単に聞ける。
ヨシ:そう、そこで今年の最初に日本特集があってん。
クニー:へえ、誰が出たの?
ヨシ:驚くなかれ。まずは映画監督の是枝裕和。
クニー:大好き! 『そして父になる』はTel père, tel fils(この父にして、この子あり)、『海街ダイアリー』はNotre petite soeur(私たちの妹)、そして最新作『海よりもまだ深く』もAprès la tempête(嵐の後で)のタイトルで紹介されてるね。
ヨシ:作家は古川日出男、平野啓一郎、大江健三郎、経済学・社会学者の安冨歩、そして芸術家の杉本博司。それぞれ45分のインタビュー番組を流しとってん。
クニー:なんて豊かな人選!
ヨシ:France Cultureの聴取率は2パーセントにも満たへんし、知識人層しか聞けへんラジオ局て言われてるけど、こないな放送をやってまう勇気をたたえたい!
クニー:文化はやっぱり、他所からやってくる異質な要素によって活性化して、豊かになるじゃないかな。
ヨシ:最近はsouverainismeみたいに、EUに批判的で、国ちゅう単位に閉じこもろうとする人も多いけど、文化は境界を越えることの素晴らしさを教えてくれるね。他所あっての文化、ヨシあってのクニー、藤山寛美あっての松竹。
クニー:寛美はもう死んじゃってるよ。
ヨシ:ほな、娘の藤山直美(オバチャン)に頼りまひょ。
◇初出=『ふらんす』2016年8月号