第3回 歌で身につくもの
続・歌の効用
クニー:歌はいいねえ。
ヨシ:なんや、藪からbaguetteに。カヲルくんやあるまいし。
クニー:だれ、それ?
ヨシ:え、知らんの? 「エヴァンゲリオン」の渚カヲルくんやがな。ほら、あの、2012年公開の『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:Q』で、シンジくんとピアノの連弾してて、その曲名がストレートにÀ quatre mainsちゅうんやがな。
クニー:それは「DSSチョーカー」で悲劇的なことになったカヲルくんに関するトリビアだねー。
ヨシ:知ってるやないかーい!
クニー:というわけで、今回は、フランス語を歌で勉強しようのつづき。
ヨシ:やっと、もどってきた。
クニー:そういや、ヨシは歌っておどるんだよね?
ヨシ:いや、おどるんはウチの嫁氏やがな。いま、「ジュウオウジャー」のエンディング練習中や。
クニー:やるな嫁氏。
ヨシ:けど、クニーは、先月号で、フランスの歌はうたわん、いうてたやん。
クニー:じつは、ぼくの授業、テストのかわりに、「じぶんの実力をみせてみろ!」っていう課題を出すんだけど、あるとき、男の子の学生が『アナと雪の女王』のフランス語バージョンを歌ってね。
ヨシ:ああ、あの、ディズニー公式で字幕つき動画のでてるヤツやな。Let it go(レ・リ・ゴー) ! のとこが、Libérée, Délivrée、「自由になって、ときはなたれて」と仏訳されとる。
クニー:そう。それを歌ったの。そのとき、vré のとこを、日本語式の [bu/re] という2音節じゃなくて、ちゃんと [vre] と1音節で歌えてたんだよね。
ヨシ:ほほー。
クニー:これは、やっぱり歌なればこその効用でしょう。
ヨシ:たしかに。けど、クニー自身は、依然として、仏語の歌は趣味やないと?
クニー:むかし、フランスから帰国するときに、友だちが「学生に聞かせろよ」ってCDくれたんだけど、それが、 ジャック・ブレルJacques Brel(1929-1978)とジョルジュ・ブラッサンスGeorges Brassens(1921-1981)でね。
ヨシ:いかにも往事のエスプリ・フランセって感じのチョイスやね。
クニー:ブラッサンスって、なんていうか、「南仏のバタヤン」でしょ?
ヨシ:ギター、こう持って「オッス!」って、そんな、田端義夫いうたかて、きょうびの学生さん、だれも知らんで。
クニー:友だちには悪いけど、「趣味にあわねー」って思った。
ヨシ:なるほど。
クニー:ブラッサンスは朴訥(ぼくとつ)としたところが好きだけど、ブレルは、あの歌いあげる感じが……ううう……。
ヨシ:クニー、気をしっかりもつんや!
歌詞を見よう
クニー:でも、ポルナレフは意外にスキかも。
ヨシ:え、「ジョジョの大冒険」の?
クニー:そんな『ジャンプ』の人気漫画じゃなくて、元ネタの方のミシェル・ポルナレフMichel Polnareff(1944- )!
ヨシ:ポルナレフって、名前からしてスラヴ系やとおもっとったら、お父さんがウクライナのオデッサ──当時はソヴィエトで、いまはロシア介入でもめてるけど──の出身で、1923年にフランスへ移住してきた人やねんな。このお父さん、レオ・ポルLéo Poll(1899-1988)の名前で、エディット・ピアフのピアニストとかやってはったらしで。
クニー:ポルナレフの、♪ Je suis fou de vous. はキュンってくる。
ヨシ:1966年のLove me, Please love me やね。邦題は「愛の願い」とかになっとる。ちなみに、このころのポルナレフは、まだカーリーヘアでもあれへんし、グラサンもかけてへん。
クニー:ポルナレフの歌は、日本だと、「シェリーに口づけTout, tout pour ma chérie」(1971)が有名だけどね。
ヨシ:CMにも使われとったし。
クニー:ミロリンが大スキな、ジュリーこと沢田研二も、ポルナレフの歌をカバーしてるからね。
ヨシ:ミロリンてだれ?!
クニー:「忘れじのグローリアGloria」(1970)って曲ね。ちなみに、ジュリー本人の訳詞らしい。ついでにいうと、ミロリンが大スキなジュリーは、フランスでレコーディングして、フランスでもデビューしてるんだけど、そのときのキャッチコピーは「日本のミシェル・ポルナレフ」だったらしい。
ヨシ:せやから、ミロリンてだれ?!
クニー:おまけに、ジュリーは、ボリス・ヴィアンBoris Vian(1920-1959)の「脱走兵Le Déserteur」(1954)も訳して歌ってるしね。
ヨシ:ヴィアン作詞の、赤紙がきたけど、人を殺すのがイヤなので逃げますっちゅう、大統領にむけた手紙形式になってる反戦ソングやな。1954年いうたら、アジアで仏領インドシナの独立戦争が、フランスの敗けでいったん終わったあと、北アフリカで、仏領アルジェリアの独立戦争がはじまった年でもあるさかいね。
クニー:あの歌詞は、エグザシラッブhexasyllabe(6音綴)で脚韻ふんでるし。
ヨシ:行末の単語が、président, lettre, peut-être, tempsで、さいごの音節の発音が[-ɑ̃][-ɛtr][-ɛtr][-ɑ̃]てなふうに、4行ごとにA-B-B-Aパターンの脚韻やね。つづりと発音の関係を身につけるのにめっちゃええ教材やん、さすがはジュリーや。
クニー:いや、ジュリーのは日本語だから。
ヨシ:さよか。
クニー:詩の伝統があるから、歌詞もちゃんと韻をふんでるものが、現代の歌でもおおいよね。
ヨシ:フランス語の授業のさいごには、その日にあつかった文法項目のでてくる歌詞の曲のビデオクリップ見せんねん。
クニー:ほうほう。
ヨシ:で、où をやったときは、ストロマエStromae(1985- )の「パパウテPapaoutai」をながすことにしてんねんけど、あれもちゃんと脚韻ふんどるね。
クニー:あれ、いい歌詞だよね。
ヨシ:さいしょの詩節(ストローフ)の行末の単語が、vient, vais, bien, trouver, loin, travailler, bien, accompagné, vraiで、最終音節の発音が[-jɛ̃]と[-ɛ/-e]で韻ふんでますな。いっこだけ[-wɛ̃]あるけど、これも[-ɛ̃]やとまとめられんこともないし。
クニー:PapaoutaiってPapa, où t’es ? つまり Papa, où es-tu ?(パパどこ?)ってことだけど、ストロマエって、じっさいにお父さんを子どものころ亡くしてるんだよね。
ヨシ:彼はベルギー生まれやけど、お父さんルワンダのひとで、1994年のルワンダ大虐殺に巻きこまれはったらしね。
クニー:発音どおりのつづりのタイトルというと、ラシッド・タハ Rachid Taha(1958- )の「テキトワTékitoi」(2004)って曲もいいよね。
ヨシ:T’es qui, toi ? つまりTu es qui, toi ? で、「だれだ、おまえは?」ってことやね。
クニー:アルジェリア出身だけに、途中、アラブ風になるとこもあるし。
ヨシ:アルジェリア戦争中生まれ世代のタハは、なんというても、ライRaïっちゅう、いわば「アルジェリア演歌」を歌とてたしね。「ライの王さま」のハレドKhaled(1960- )と「ライの王子さま」のフォデルFaudel(1978- )と組んだ1998年のベルシーでのコンサート 1, 2, 3, Soleils のDVDとCDは、めっちゃ売れたらしッド。
クニー:そんなとこで韻をふまなくても。
ヨシ:さよか。
クニー:西アフリカのセネガル出身のテテTété(1975- )もいいよねえ。
ヨシ:なにしろクニーは、NHKの講師やるたびに、テテの曲をオープニングとかに使こてたくらいやからね。
クニー:だって、彼の曲はフランスのにおいが全然しない。ぼくは、テテはビートルズとボブ・マーリーを足したもんだとおもってるよ。
ヨシ:クニーは、テテの歌でおぼえた単語もあるとか?
クニー:trouillard(臆病者)とか、教科書には出てこない単語だけど。
ヨシ:テテは、お父さんがセネガルのひとで、お母さんは中米アンティルのひとらしね。このへん、あの「ネグリチュードnégritude」(黒人性)の文学史上の運動についても話したいけど、文字数オーバーですわ。
クニー:じゃ、歌ひとつで、いろんなことを学ぶ機会になるってことで。
ヨシ:大胆にまとめはった!
◇初出=『ふらんす』2016年6月号