白水社のwebマガジン

MENU

福島祥行+國枝孝弘「ヨシとクニーのかっ飛ばし仏語放談」

第18回 ベルギーと言語地域

九月とローマ

クニー:♪クルマのワイパ~

ヨシ:どないしたんや、そんな、太田裕美の「九月の雨」なんか歌とて。

クニー:よくわかったねー。1977 年、作詞、松本隆。

ヨシ:世代やからね。まあ、世代いうたら、竹内まりやの「SEPTEMBER」とかもね。

クニー:1979 年のレコ大新人賞受賞曲。作詞、松本隆。

ヨシ:9 月すきやなあ、松本隆さん。

クニー:世代的には1982 年の「すみれSeptember Love」とかも。

ヨシ:本家の一風堂の方やね。あ、一風堂いうても、ラーメン屋さんちゃうで。けど、一風堂いうたら、「もっとリアルに」やな。むかし、TBS ラジオ、林美雄のパックインミュージックでよう聴いてん。

クニー:ちなみに、博多一風堂の名前は、バンドの一風堂からとられてるけどね。

ヨシ:なんと!

クニー: にしても、フランス語でseptembre といえば、数字の「7 sept」から来てるのがよくわかるよね。

ヨシ:もともと古代ローマの暦は3 月はじまりやったんで、7 番目の月はいまの9 月やったんを、暦の改革で、1 月がふた月まえへずれたもんやから、7 番目の月September(セプテンベル)が9 月になったと。

クニー: よく、7 月と8 月に、ユリウス・カエサルと養子の初代ローマ皇帝アウグストゥスの名前がくわわったから、ふた月うしろへずれたっていわれるけど、ずれたのは暦改革のためなんだね。

ヨシ:juillet(7 月)の古い形は « juignet »やけど、これはjuin(6 月)に指小辞の“et” がついた形で、いうたら「ちいさい6 月」や。それに「ユリウスJulius」が影響していまの形になったらしで。

クニー:ユリウスって、ローマ神話の主神「ユピテルJupiter」の末裔って意味だよね。

ヨシ: ユピテルの奥さんが「ユノーJuno」で、juin は、この「ユノーの月junius」から来てるとされるんやけど、Grand Robert は、元老院議員にして、カエサル暗殺にくわわり、カエサルにEt tu Brute !(ブルトゥス、お前もか!)と言わしめた「ユニウス・ブルトゥスJunius Brutusの月」が語源やと書いとる。

クニー:6 月と7 月が、夫婦と敵同士じゃ、エライ違いだ。でも、まあ、この古代ローマの言語であるラテン語が、フランス語に変化してきたわけだね。

ヨシ:まさに、紀元前51 年にカエサルが征服した「ガリアGallia」(仏語でGaule)の地こそ、いまのフランスですわ。

クニー:当時、ガリア人はガリア語を話してたわけだけど、ローマ人は学校をつくって、ラテン語の普及につとめたみたいだね。

ヨシ:ガリアの良い家柄(ええし)の子弟(ぼん)は、ローマに留学できたりとかね。

クニー:でも、そうじゃない階層のひとびとは、依然としてガリア語を話してたんだろねえ。

ヨシ:そういえば、ローマに征服されたガリアは、みっつの属州に分割統治されたんやけど、そのひとつの「ガリア・ベルギカGallia Belgica」は「ベルガエ人のガリア」いうことで、ベルギーいう国名は、この「ベルガエBelgae」から来てるで。

 

法律と言語圏

ヨシ:ということで、こっから本題。

クニー:え、もう半分つかってるよ ? !

ヨシ:いまのベルギー王国は、公用語がみっつあって、フランス語、オランダ語、ドイツ語。ベルギーのオランダ語はフラマン語とも呼ばれてます。ちょっと、ベルギー憲法の最初のとこを、仏語版で見てもらいまひょ。はい、クニー。

クニー:え、ぼくが訳すの? しょうがないなあ。まず第1 条── La Belgique est un État fédéral qui se compose des communautés et des régions.(ベルギーは、共同体と地域からなる連邦国家である)。つづいて第2 条は、La Belgique comprend trois communautés : la Communauté française, la Communauté flamande et la Communauté germanophone. (ベルギーには、3 つの共同体がおかれる:すなわち、フランス語共同体、フラマン語共同体、ドイツ語圏共同体である)。第3 条は、La Belgique comprend trois régions : la Région wallonne, la Région flamande et la Région bruxelloise.( ベルギーには、3つの地域がおかれる:すなわちワロン地域、フランデレン地域、ブリュッセル地域である)。第4 条は、La Belgique comprend quatre régions linguistiques : la région de langue française, la région de langue néerlandaise, la région bilingue de Bruxelles-Capitale et la région de langue allemande. Chaque commune du Royaume fait partie d'une de ces régions linguistiques.(ベルギーには、4 つの言語地域がおかれる:すなわち、フランス語地域、オランダ語地域、ブリュッセル首都圏の二言語併用(バイリンガル)地域、ドイツ語地域である。王国の各自治体は、これらの言語地域のどれかひとつに属する)[以下略]

ヨシ:ベルギーは3 言語が公用語やけど、言語地域がわかれてるんやね。ブリュッセルだけが、フランス語とオランダ語のバイリンガル。いまの憲法は、1830 年にネーデルランド王国に独立を宣言して、翌年に制定した憲法がベースになってて、その23 条、現行の30 条には Lʼemploi des langues usitées en Belgique est facultatif(ベルギーにおける常用語の使用は任意である)と書かれてんねんけど、憲法はフランス語でしか書かれてへん。

クニー:19 世紀のヨーロッパは、フランス語が「グローバル言語」だったしね。

ヨシ:その後、1878 年5 月22 日法で、はじめて3 つの言語地域が定められて、フランデレンの諸地域では、行政の一般向け文書を書くのに、フランス語だけやなくて、フラマン語、つまりベルギーのオランダ語を使こてもええことになったんや。ちなみに、原文はこちら:Article 1er / Dans les provinces dʼAnvers, de Flandre occidentale, de Flandre orientale, de Limbourg et dans l'arrondissement de Louvain, les avis et communications que les fonctionnaires de lʼÉtat adressent au public seront rédigés soit en langue flamande, soit en langue flamande et en langue française. はい、クニー。

クニー: え、また? えーと「第1 条 /アントウェルペン、西フランデレン、東フランデレン、リンブルフの各州、およびルーヴェン郡においては、国家公務員が公衆にむけて作成する通知・連絡は、フランドル語で、もしくはフランドル語およびフランス語で書かれうる」

ヨシ:そのまた後、第一次世界大戦後の1921 年7 月31 日法で、行政サービスと地域間のやりとりなんかの使用言語が、いまみたいな「北がフラマン語、南がフランス語、西にちょびっとドイツ語、ブリュッセルはバイリンガル」になったみたいやで。

クニー:フラマン語の使用域が広がってる。

ヨシ:でも、憲法のオランダ語版ができたのは1967 年、ドイツ語版は1991 年になってやっとでけてん。

クニー:住民の比率は、フランス語圏、フラマン語圏が、だいたい40 パーセント、60 パーセントで、ドイツ語圏は1パーセント未満らしいしね。そもそも、法律で、国民が何語を話すかの統計調査が禁じられてるとか。

ヨシ:1954 年に公表された国勢調査の結果、仏語使用圏がひろまってる事実を知って、こういう調査の結果がひろまるとヤバイと思もたフランデレンの人たちが運動した結果、つぎの国勢調査の前に、1961 年7 月24 日法で、国勢調査にともなう言語使用調査を禁止することになったみたいやね。

クニー:言語圏の対立激化してるわけか。

ヨシ:ほんで、1962 年11 月8 日法では、いちぶ地域を微調整して、いまみたいな言語圏の区分がでけましてん。

クニー:例の「言語境界線 la frontière linguistique」ってやつだね。

ヨシ:翌1963 年8 月2 日の行政における言語使用に関する法律(loi du 2 août 1963 sur lʼemploi des langues en matière administrative)で、確定。もともと、行政サービスの言語に何語を使うかを定めたものやってんけど、ひとつの国を4つに分割したみたいになってもうた。

クニー:つまり、複数の言語・文化が混住・混合する複文化主義、多文化混在主義じゃなくて、棲み分ける多文化分住主義になってるわけだね。

ヨシ:さて、つぎに、カナダの多文化主義の憲章を紹介しよう──とおもたところで、文字数オーバーや。

クニー:なんだ、今回はオチもなし?

ヨシ:うーん、9 月だけに、新学期準備に汲々(99)としてます。

 

◇初出=『ふらんす』2017年9月号

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 福島祥行(ふくしま・よしゆき)

    大阪市立大学教授。仏言語学・相互行為論・言語学習。著書『キクタンフランス語会話』

  2. 國枝孝弘(くにえだ・たかひろ)

    慶應義塾大学教授。仏語教育・仏文学。著書『基礎徹底マスター!フランス語ドリル』

フランス関連情報

雑誌「ふらんす」最新号

ふらんす 2024年12月号

ふらんす 2024年12月号

詳しくはこちら 定期購読のご案内

ランキング

閉じる