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福島祥行+國枝孝弘「ヨシとクニーのかっ飛ばし仏語放談」

第30回 寺尾次郎さんが訳したフランス映画

是枝監督、パルムドール !

ヨシ:今月の「ふらんす」の特集はフランス映画祭やけど、開催されたのはクニーの住んでる横浜やったっけ。観に行ったん?

クニー:悲しいことに行ってない。週末も授業の教材準備に時間がかかって……。

ヨシ:クニーは教科書つこてへんの?

クニー:うん、でも教材は毎回作っていくよ。映画といえば、カンヌ映画祭で、パルムドールを受賞した是枝監督のインタビューを教材として使ったよ。

ヨシ:『万引き家族』、フランス語のタイトルはUne affaire de famille「家族の事情」やね。具体的にはどんな授業?

クニー:たとえば今回の映画について、是枝監督は「家族と社会の接点みたいなものにフォーカスをあててみました」と言っているけれど。どうフランス語に訳すか考えた上で、通訳者のフランス語を聞いてみる。はい、ヨシくん、あなたな~ら、どうする~?

ヨシ:まず「家族と社会の接点」はune connexion entre la famille et la société やろか。

クニー:そう。「フォーカスをあててみました」は、jʼavais envie de trouver... と言ってました。他にも、安藤サクラさんの「私自身も子どもが生まれて……」はJe suis devenue mère とされてたり、いろいろ発見があったよ。授業ではその後、この記事を紹介してディスカッション。

ヨシ:どれ見せて! 仏ラジオ局France Inter の2016年のブログ記事ね。« Japon : la pauvreté cachée des femmes prend de lʼampleur »「日本:女性たちの隠された貧困の広がり」。社会保障、仕事と家庭のバランス、保育園の整備とか、いくつも問題が指摘されてるんやね。

クニー:で、授業の最後は「みんな三つの枝を覚えておいてね! 是枝、時枝、國枝やー!」で締めくくり。

ヨシ:時枝は、国語学者の時枝誠記(もとき)やな。これぞ、「三枝(さんし)の覚え」!

クニー:「いらっしゃ~い」ってね。

ヨシ:あ、「三枝」やのうて、もう「文枝」やった……。

 

字幕翻訳家、寺尾次郎さんが亡くなる

クニー:カンヌ映画祭、是枝監督のパルムドール受賞はうれしい知らせだったけど、それからしばらくして6月に、フランス映画を中心に数多くの映画の字幕翻訳を手がけてきた寺尾次郎さんが亡くなったのは悲しかった。

ヨシ:寺尾さんが字幕翻訳をつけた映画はよう観たなあ。中でもジャック・ドワイヨン監督の『ラ・ピラート』(原題La Pirate)が一等贔屓(ひいき)やね。ジェーン・バーキンが主演で、4人の男女がそのジェーン・バーキンを追い求めていくハナシやけど、舞台っぽい雰囲気がすきやねん。

クニー:寺尾さん、ぼくは二度ほどお会いしたことがあって、大学に講演会にも来てもらったんだ。フランス語は高校時代から独学で、何もわからないのにモーパッサンの原書を買って、一つ一つ単語を辞書で調べながら読んで勉強した、という話、今でもよく覚えてる。

ヨシ:ミュージシャンから字幕翻訳家へ。今回のフランス映画祭での上映作品『グッバイ・ゴダール!』、『顔たち、ところどころ』そして『メモワール・オブ・ペイン』も寺尾さんの字幕翻訳やったね。

 

マルグリット・デュラスの『苦悩』

クニー:『メモワール・オブ・ペイン』のオリジナルタイトルはLa Douleur『苦悩』。L’Amant『愛人』で有名な小説家、マルグリット・デュラスが1985年に発表した同名の作品(翻訳は河出書房新社)を映画化したものだね。

ヨシ:この作品はデュラス自身の日記ゆう形式で書かれとるね。第二次世界大戦が終結する45年4月から日記は始まってる。当時の夫ロベール・アンテルムがレジスタンス活動のさなかに逮捕され、強制収容所に送られる。消息も安否もつかめへんなか、夫の帰還を待ち続ける苦しみがテーマのひとつや。

クニー:先月ちょうど「終わらない喪」の話をしたけれど、この作品でも苦しみの果てのなさが書かれてる。例えばド・ゴールの「涙にくれた日々は過ぎ去った。栄光の日々が舞い戻ってきたのである」« Les jours des pleurs sont passés. Les jours de gloire sont revenus » のことばに対して、デュラスは「絶対に許さない」と激しい怒りを表している。国がどれだけ戦争は終わったと言い張っても、強制収容所に送られた人々は戻ってきておらず、人々の中で苦しみは続いている。

ヨシ:そしてたとえ戻ってきたかて、個人の心の中で戦争は消えてへん。作品の最後で、デュラスはロベールの寡黙さを次のように表現してるね。「この沈黙の中にこそ、戦争は今なお存在しており、砂や嵐を通して戦争がにじみ出てくるのである」« Cʼest dans ce silence-là que la guerre est encore présente, quʼelle sourd à travers le sable, le vent. »

クニー:時代の時間の流れと個人の時間の流れは違う。時代は過去を清算した気になっても、個人の中の苦悩はずっと続くんだ。

ヨシ:デュラスが脚本を書いた映画Une aussi longue absence『かくも長き不在』は1961年にパルムドールを受賞した作品やけど、文字通り、不在がテーマやったね。夫は戦争中に強制連行され、再会を果たすも夫は記憶を喪失しとる。デュラスの文学の中にはこの「不在と喪失」ゆうテーマが一貫して流れてると思うで。

 

寺尾次郎さんの字幕翻訳

クニー:さて映画の方だけれど、今回の放談のために、試写版を観ました! 夫の不在、そしてその帰還を待つ心の不安が、画面にもにじみでてる映画でした。そしてあらためて寺尾さんの字幕を追いながら映画を観たよ。

ヨシ:ことばを、読んですぐに分かるだけの文字量に圧縮することひとつをとっても、字幕翻訳は大変な技術やんなあ。

クニー:この映画でも、例えば « il nʼest pas plus raisonnable de penser quʼil ne reviendra pas que de penser lʼinverse » と、長いセリフがある。

ヨシ:「彼が戻らないと考えることと、その逆を考えること、そのどちらかにより多くの道理があるわけではない」。つまり「戻ってこないか、戻ってくるか、それはわからへんやないか」ってニュアンスかな。

クニー:それをワンカットの中に収めるためには、ごくごく短くするしかない。字幕はずばり「戻ってこない理由はない」だった。

 

『勝手にしやがれ』と翻訳

ヨシ:2016年に日本で再上映されたゴダールの『勝手にしやがれ』と『気狂いピエロ』も寺尾さんの新訳やったね。

クニー:『勝手にしやがれ』の旧訳と今回の新訳を見比べたんだけど、新訳で大きく違うなと思ったのは、何度か映画館の場面が出てくるんだけど、そこでかかっている映画のタイトルが、きちんと字幕で出されていること。そんなところに寺尾さんの映画愛を感じました。

ヨシ:『勝手にしやがれ』の邦題はさすがに不変やね。でも原題はÀ bout de souffle で、直訳は「息切れ、息も絶え絶え」。実は、映画冒頭で主人公が盗んだ車に乗りながら、カメラに向かって« Allez vous faire foutre » って言う場面がある。「とっとと失せろ」って意味やけど、ここに「勝手にしやがれ」の訳をあてて、そのまま映画タイトルになった。まさに映画の内容そのものや!

クニー:この冒頭のセリフは、プチ・ロベール辞典にもfoutre(くだけた意味で「する」)の文例として載っている。それにしてもこの映画はくだけた表現が多く、教科書で勉強したフランス語だけでは、セリフの意味はあまり理解できないよね。

ヨシ:確かに。Fous le camp「ずらかれ」、Cʼest chiant「胸クソ悪い」など、俗語のオンパレードやね。そして最後の主人公のセリフはCʼest dégueulasse「最低だ」。このセリフをさらに刑事が主語を変えて言い換えるんやけど、そこはぜひ映画を観て確かめてください!

クニー:それから面白いのは主人公が99が入った電話番号を言う場面が3回出てくるけど、一回目はnonante-neufと言っている。これはスイスやベルギーで使われる言い方。二回目はnonante-neufを使ってからquatre-vingt-dix-neufと言い直し、三回目は最初からquatre-vingt-dix-neuf と言っている。主人公のセリフに「祖父がスイス人」とあるからなのか、ゴダールがスイス出身だからなのかな。

ヨシ:不思議やね。だいたい登場人物の本心もまったく見えへんし……ああ!わからん! À bout de souffle, à bout de force 息も絶え絶え、力尽きた。ページも尽きた……。

◇初出=『ふらんす』2018年9月号

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著者略歴

  1. 福島祥行(ふくしま・よしゆき)

    大阪市立大学教授。仏言語学・相互行為論・言語学習。著書『キクタンフランス語会話』

  2. 國枝孝弘(くにえだ・たかひろ)

    慶應義塾大学教授。仏語教育・仏文学。著書『基礎徹底マスター!フランス語ドリル』

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