第2回 出会いと発音
あいさつと「らしさ」
ヨシ:まいど、クニー、もうかりまっか?
クニー:どうしたの、そんな急にコテコテの大阪弁で?
ヨシ:いや、たまには使こてみよかなと。クニーも、ちょっと、いうてみ?
クニー:ムリっす、ぼくは大阪ネイティヴじゃありませんから。
ヨシ:いやいや、ぼくかてコテコテのネイティヴやあれへんがな。
クニー:十二分にコテコテに聞こえるけど。
ヨシ:こうみえても、父親は東京生まれの東京育ち、我が家のお墓は谷中にあって、せんだってまで本籍地も東京都中央区日本橋浜町だったんだぜー。
クニー:いや、ヨシじしんは、大阪育ちでしょ?
ヨシ:せやねん。けど、高槻市いう大阪北部の育ちで、ゲンミツにいうたら、北摂弁ネイティヴやね。北摂弁いうのんは、かつて「グリコ森永事件」の犯人が使こてたいうんで全国的に有名になったことばやねんけど、地理的に大阪中心部と京都中心部の中間地帯いうことで、京都ことば的な面もあって、いわゆるコテコテの大阪ことばやあれへん。しかも、中、高、大のあいだに、関西全域からくる友人とまじわったけっか、関西ちゃんぽん弁ユーザーになってもたわけや。
クニー:まあ、いまや、典型的な「○○弁」を話すひとの方がすくないよね。
ヨシ: 現実世界に実存してるのは、langue やなくて parole やからね。Bonjour ! ひとつとっても、十人十色の発音があり、どれもただしい発音なわけや。
クニー:つまり、日本語というlangue「言語」はあるけれど、実際にはそれぞれが話しているのはparole「ことば」であって、その時誰の日本語がもっとも典型的なんていえない。ヨシは、「典型的な大阪弁」なんてないように、「典型的なフランス語」なんてのもないっていいたいわけやねー、と岐阜弁。
ヨシ:せやねん。前回もいうたけど、ヨーロッパ評議会がさだめた外国語を学び、教えるさいのガイドラインである「ヨーロッパ言語共通参照枠(セファール)」でも、究極のモデルとして「理想的なネイティヴ」を設定する必要はあれへんで、ガイコクジン的発音でも、恥じることはあれへんとおもうね。
クニー:その通りだね。
ヨシ:なので、フランスのひとにむかって、はじめてBonjour ! いうときに、発音が[bɔ~ʒuːʀ]やなくてボンジュウルでもかめへんやないかと。
クニー:たしかに、CEFR(セファール) の「音韻システムのマスター」の項目でも、A2 レベルは、「あきらかな外国のアクセントにもかかわらず、ちゃんと理解される発音」って書いてあるしね。
ヨシ:でしょう? B1 でも「外国語のアクセントや、たまの発音ミスがあっても、はっきり聞きとれる発音」やしね。
クニー:でも、B2 になると「わかりやすく自然な発音とイントネーションを身につけている」ですからね。僕もアテネ・フランセで教えていただいた、関西大学教授の菊地歌子先生の『フランス発音指導法入門』(関西大学出版部)には、日本語母語者は、できるだけはやいうちに発音習得練習をはじめた方がいいって書いてありましたよ。
ヨシ:なるほど。
クニー:それに、ちゃんとした指導をうければ、かんたんに自然な発音が身につくと。
ヨシ:クニーは、そのアテネ方式で、発音きたえられて、ペラペラになったと?
クニー:そうです。発音の理屈からおしえられました。それに、集中方式だったし。
ヨシ:たしかに、「フランス語っぽく」発音したいひとたちは、ちゃんと理屈を身につけた方がええかもね。
クニー:耳コピだけだと限界あるしね。
ヨシ:でも、「らしく」聞こえるためには、個々の発音より、プロソディーの方が重要やいう研究があんねん。
クニー:「プロソディー」って、イントネーションとか?
ヨシ:そうそう。イントネーションとかポーズとかトーンとか、そのつどの文脈ごとに変化するような部分やね。
クニー:フランス語だとアクセントのくる母音が長くなるとか、発話ごとの音声的特徴ってことだね。
ヨシ:米語母語者と日本語母語者におなじ英語の文章を発音させて、その個々の音をいれかえて、「発音は日本語、プロソディーは米語」と「発音は米語、プロソディーは日本語」の音声をつくり、米語母語者にきかせて、どっちの文章が「米語っぽいか」を判定してもらったら、やっぱり「プロソディーが米語」の方が米語らしく聞こえると判定されてん。
クニー:まあ、日本語と米語じゃ、プロソディー、ぜんぜんちがうからね。日本語って、たとえばボ・ン・ジュ・ー・ルって、5 拍で発音するでしょ。これじゃ、フランス語とはおもってもらえない。
ヨシ:たしかに、せやね。やっぱり[ b~ɔ/ ʒuːʀ]と、2 音節で発音せなあかん。
クニー:日本語はモーラ、つまり拍の言語だけど、フランス語は音節言語だよね?
ヨシ:せやせや。モーラと音節は似てるけど、ちょとちがう。たとえば、フランス語の couteau[ku / to]も日本語の「苦闘」[kɯ / toː]も、音節としては2 音節やけど、日本語のモーラ的には、[ク・ト・ー]3 モーラやからね。
クニー:英語は?
ヨシ:英語母語者が、音のまとまりをどう認識しているかを調べた研究があって、それによると、前半の母音に強勢(ストレス・アクセント)のある[mintəf]と 後半の母音に強勢のある[minteif]という架空の単語の発音を英語母語者に聞かせて、[mint]という音が聞こえるのはどっちかたずねると、前者の[mintəf]の方が[mint]という音のかたまりを聞きとりやすいらしねん。つまり、前半に強勢があると、音のかたまりが[mint / əf]と聞きとられやすいのに対して、後半に強勢があるときは、[min / teif]と聞きとられるいうこっちゃ。ここからいえるのんは、英語は「音節」より「強勢」の方が、音のかたまりを分けるときの要因になってるいうことやね。
クニー:ほほう。でも、フランス語は音節がたいせつなような。
ヨシ:フランス語については、有名な実験があって、palace[palas]と palmier[palmje]をフランス語母語者に聞かせて、[pa]が聞こえた時点で反応してって指示と、[pal]が聞こえた時点で反応してって指示をだすねん。そしたら、前者のときは、palace のときに早く反応して、後者のときは palmier になるんやて。物理的には、おなじ[pal]いう音の連続を聞いてるはずやのに、音のかたまりとしての知覚の仕方はちがうことになるわけや。
クニー:なるほど、palace は[ pa / las]という音節にわかれるのに対して、palmier は[pal / mje]という音節にわかれるせいだね。
ヨシ:せやねん。つまり、フランス語は、英語とちごて、「音節」を音のかたまりの基準にしてる言語いうことやね。ほんで、日本語については、音のかたまりの知覚についても、モーラが基準やいう研究がある。たとえば、「関西」[kaɴsai]という語の冒頭の音が、[ka]っていうモーラ単位と[ kaɴ]っていう音節単位の、どっちの音のかたまりに聞きとられやすいかっちゅうたら、やっぱり前者の方やねんな。
クニー:「モーラ」って、さっきの「苦闘」みたいな長音や、「切手」の「っ」みたいな促音、「盆」の「ん」みたいな撥音がはいると、「音節」より長くなっちゃうけど、それ以外は、だいたいの場合「音節」と一致するので、モーラ基準の日本語とは、英語よりフランス語の方が似てるってことになる?
ヨシ:たしかに、英語よりは、フランス語の方が近いわな。日本語母語者は、フランス語の発音、恐るるにたらず!
クニー:いや、それはいいすぎかと。
ヨシ:音のプロソディー面に慣れるんが、「らしさ」への道やからね。その点では、英語より慣れやすいはずやで。
歌の効用
クニー:そういえば、外国語に慣れるには、歌もいいよね。
ヨシ:お、さすがはバンドマン。
クニー:いや、バンドマンはボーカリストとはちがうんだけどね。
ヨシ:さよか。
クニー:フランス語の歌だと、音節が身につくしね。
ヨシ:Quand nous chanterons le temps des cerises...
クニー:「さくらんぼの実るころ」。[kɑ~-nu-ʃɑ~-tə-rɔ~-lə-tɑ~-de-sə-ri:z]、10 音綴ね。いいよねえ。まあ、ぼく自身は、基本的に英語の歌しかうたわないんだけど。
ヨシ:歌わへんのかーい!
◇初出=『ふらんす』2016年5月号