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福島祥行+國枝孝弘「ヨシとクニーのかっ飛ばし仏語放談」

第32回 美術館を巡る、思い出を巡る

岐阜県美術館とオディロン・ルドン

クニー:もしもし、ヨシさーん!

ヨシ:はいはい、どこから電話してきてんのん?

クニー:ヨシさーん! ぼくは、いま~、岐阜、長良川の岸辺に来ています。

ヨシ:岐阜いうたら、クニーの実家のあるとこやん? で、そのしゃべりかた、昔、どっかで聞いたことあるような……。

クニー:自然豊かな清流のほとりで話すとなれば、やはり立松和平です。久米さ~ん!

ヨシ:誰が久米さんやねん!「ニュースステーション」かよ! そういえば立松和平さん、長良川河口堰問題で、カヌーに乗って、建設反対の運動してはったなあ。で、クニーはそこで何してんのん?

クニー:今から岐阜県美術館に行くところです。フランスの画家 Odilon Redonオディロン・ルドンのコレクションで有名な美術館。ルドンは象徴主義の画家とされるけれど、象徴とは一言で言えば「目に見えるものを通して、目に見えないものを表象する」ことだと思います。

ヨシ: ルドン自身が言うてるわ。«[mettre] la logique du visible au service de lʼinvisible »「 見えないもののために、見えるものの論理を用いる」。(Odilon Redon, À soi-même. 邦訳『ルドン 私自身に』みすず書房)。

クニー:神秘はただ単に幻想の世界に入り込んでいくわけではなくて、見えているこの現実世界とつながっていて、現実に深みを与える。夢もそう。どこかで現実とつながっている。だから夢の解釈も生まれる。本人が言うように、ルドンの芸術は « un art expressif, suggestif, indéterminé »「表現が豊かで、暗示的で、不確定の芸術」(同上)。描かれた表現によって何が暗示されているのか、それを鑑賞者は探っていくんだ。

ヨシ:そのルドンの展覧会、ポーラ美術館で開催されてるね。岐阜県美術館からも作品が借り出されてんで。12月2 日までやから、まだ大丈夫! それにポーラ美術館では、藤田嗣治の特別展示も行われとって、『ふらんす』の表紙を飾ってる〈小さな職人たち〉シリーズが、実際に見られるで!

クニー:というわけで、ヨシさーん! 今回の話題は、美術館です!

 

沖縄、佐喜眞美術館の思い出

ヨシ:クニーにとって美術館いうたら?

クニー:やっぱり、P-MODEL の「美術館で会った人だろ」かな。平沢進のひきつったヴォーカルで、♫美術館で会った人だろ! そうさそうにちがいないさ!美術館で~♫

ヨシ:クニー、エアギターでアバレんのやめえ! 危ないがな!

クニー:スンマセン……。そう、最近もっとも印象的だった美術館は、沖縄の佐喜眞美術館かな。

ヨシ:普天間基地に面した美術館やな。返還された土地に1994年に立てられてて、丸木位里(いり)・丸木俊(とし)夫妻の《沖縄戦の図》が展示されてる。

クニー:そう。4 × 8.5メートルのとても大きな絵で、壁一面を占めてる。この絵が置かれた広い部屋の背面には、壁を埋めるように、丸木夫妻が絵を描くために体験談を聞いた人々の顔写真がかかってるんだ。

ヨシ:単に想像に任せんのやのうて、人々の体験を数多く聞き取った上で、それをどないに表現すんのかを考え尽くして実現したのがこの作品やったわけやね。

クニー:この美術館を訪れたとき、ちょうど団体の見学者に館長さんが説明をされてたんだけど、「ぜひ一緒にどうぞ」と誘われて、お話を1時間ほど伺った。

ヨシ:今から70年以上前のことやけど、実際にその出来事が起きた場所に赴いて、絵を観るっちゅう体験はホンマ大切やんな。その場の空気を吸うからこそ、わかることもある。

クニー:館長さんからは、この絵を見た沖縄の人々の感想を聞けたんだ。親戚が集まって沖縄戦の話になると、それぞれの体験が食い違って、「いや、そうじゃない」と最後には言い合いになっていた。ところがそんな人たちが《沖縄戦の図》を観たときに、みなが口をそろえて「私が言いたかったことがここに表現されている」って実感をもらしたんだって。

ヨシ:まさに絵という形象を通して、自分の体験に表現が与えられたんやろなあ。

クニー:それでもこの絵には、右下に空白があって、それは「沖縄戦は、今でも表現できない部分、知りえない部分がある」という意味で残された空白らしい。

ヨシ:それも夫妻の強い思いをこめた表現なんやね。

 

パリ、クリュニー美術館の歴史

クニー:ずいぶんフランスから離れてしまいました……。ヨシのおすすめの美術館は?

ヨシ:フランスに行くまでは、7月号でも話したけど、ダダイスムやシュルレアリスムみたいな「頭で描く」絵画にかぶれとってん。でも実際にパリに滞在して、ルーヴルで中世宗教絵画を見たときに、その素朴さに感動したね。今ではこっちのほうを贔屓(ひいき)にしとる。

クニー:ということは、ソルボンヌのすぐそば、ぼくの大好きな本屋さんLa Compagnie の隣にある、Musée de Clunyクリュニー美術館は当然お気に入り?

ヨシ:愛してやまへん場所やね。クリュニーはMusée national du Moyen-Âge「国立中世美術館」とも呼ばれとる。ちなみにMoyen-Âge は「モワイエナージュ」と発音。-yen の部分の鼻母音が母音になる「非鼻母音化」やね。《貴婦人と一角獣La Dame à la licorne》のタピスリーが置かれている部屋なんかめっちゃエエで。

クニー:題名の「貴婦人と一角獣」だけど、Dame とlicorne の間にà が使われている。à は、両者の強い結びつきを表しているんだけど、それについては、言語学者の小田涼さんが『ふらんす』2014年度連載の「絵画を語る詞(ことば)」の5月号と6月号で分析していて必読です。

ヨシ:あと、紀元1世紀のガロ=ロマン時代に作られた古代ローマ共同浴場も必見やし、その風呂場に、ユダの諸王の頭部の彫刻が置かれてんのにも吃驚(びっくり)や。これはもともとノートルダム寺院の壁飾りやってんけど、フランス革命の時に破壊されて、どっかいったと思われとった。ところが1977年、パリ9区のある建物の中庭を工事しとったら見つかってん。で、以後クリュニーで展示されてる。

クニー:現在コレクションは2万点以上あるんだけど、そもそもの始まりは19世紀初頭のこと。Du Sommerard デュ・ソムラールという会計検査院の主任官だった人物が中世の芸術に関心をもち、工芸品も含めて収集したことが始まり。デュ・ソムラールについては、プロスペル・メリメが、短いけれどとても愛情のこもった文を書いている(Portraits historiques et littéraires『歴史・文学素描』所収)。

ヨシ:メリメは『カルメン』や幻想小説『イールのヴィーナス』とかで知られる19世紀の作家やけど、歴史記念建造物局長官でもあって、遺跡の保全や修復などに携わっとったから、中世の作品を収集したデュ・ソムラールに敬意の気持ちがあったんやろね。

クニー:うん。メリメは次のように言っている。19世紀初頭はまだ人々が古代ギリシア・ローマこそが芸術であって、中世は「野蛮」という意味での「ゴシック」の時代とみなされていた。やがてロマン主義が主潮となる中で、中世が再評価されてくけど、その先鞭をつけたのが、デュ・ソムラールだった。それに、メリメは、デュ・ソムラールが「工芸品」も芸術作品であり、さらにその工芸品を制作していた無名の職人たちも、芸術家なのだと考えていた点も評価しているんだ。

ヨシ:デュ・ソムラールがクリュニーの館に居を移したのも、自らが建物を保全するという意図があったんやね。

クニー:そう! そして収集を続けていったんだ。彼の死後その収集品を国が購入するとともに、運営を彼の息子に任した。こうして今の美術館ができあがったんだ。

ヨシ:収集し、それをしっかりと保存したから、過去の記憶が今へと伝えられる。それを思うと、先日のブラジル国立博物館の火災は本当に痛ましい出来事やった。マクロン大統領もツイッターで声明を出しとった。« Lʼincendie du musée de Rio est une tragédie. Cʼest une histoire et une mémoire majeures qui partent en cendres.» 「リオの博物館の火災は悲劇である。重要な歴史と記憶が灰に帰した」。

クニー:そうだ、博物館の話もしないと! あ、もう紙数がない!

ヨシ:あせらんかてエエで。「人生は長く静かな河」La vie est un long fleuve tranquille. いうやろ? まさに人生長良川、続きは来月!

◇初出=『ふらんす』2018年11月号

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著者略歴

  1. 福島祥行(ふくしま・よしゆき)

    大阪市立大学教授。仏言語学・相互行為論・言語学習。著書『キクタンフランス語会話』

  2. 國枝孝弘(くにえだ・たかひろ)

    慶應義塾大学教授。仏語教育・仏文学。著書『基礎徹底マスター!フランス語ドリル』

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