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福島祥行+國枝孝弘「ヨシとクニーのかっ飛ばし仏語放談」

第43回 子どもが訴えること

クニー、リスボンに行く

クニー:ヨシ、お土産です! どうぞ!

ヨシ:おー、おおきにMerci!や! この魚の絵は、Ça va缶やん!

クニー:そこフランス語で言わなくていいから。サバ缶です。日本で本当にÇa va缶って商品があるらしいけど、これは海外出張で買ってきました。で、これも!

ヨシ:石鹼かいな! これ僕のギャグがいつもスベるから?

クニー:……じゃなくて名産品だからです。リスボンに学会発表に行ってきました!

ヨシ:そやった! なんて学会なん?

クニー:« Education et Diversité Linguistique et Culturelle »「教育と言語と文化の多様性」学会。小学校から大学まで、さまざまな教育現場での多言語教育の実践を研究している先生たちの集まりだったんだ。

ヨシ:クニーはどないな発表したん?

クニー:« Réflexion et esprit critique à travers l’éducation interculturelle »「相互文化教育を通した考えることと批判精神」というタイトルで、フランス語の授業を通して、多様性を知るだけではなく、考えを深め、批判精神を養うことで、その多様性の中から、学習者が自分はどのような立場を選び取るか、その実践と可能性について発表してきたよ。

ヨシ:外国語学習は、その当該地域の人々だけやのうて、学習の現場にいる教員やクラスメイトと意見を交換し、その中で、自分がどないな考えの持ち主なのかを発見していく、そういう目的もあるっちゅうわけやね。他はどんな発表が?

クニー:いくつも発表を聞いたけど、中でもパリ第8ヴァンセンヌ=サン・ドニ大学の先生たちの取り組みが印象的だった。大学のあるセーヌ・サン・ドニは、移民、貧困層が多い地域だけど、その地元の子どもたちと大学生の交流プログラムを行っているんだ。子どもたちはそれまでの自分を振り返る作文を書いたり、演劇を上演したり、大学の図書館ガイドツアーに参加したりしているんだ。

ヨシ:そうした活動が、自分のアイデンティを肯定するきっかけになったり、さまざまな文化に触れる機会になるんやね。大学を地域に拓く取り組みはぼくらにとっても参考になるなあ。

クニー:子どもを取り巻く環境は家庭や学校だけではない。子どもが暮らす地域や、そこにある大学も、子どもが学べ、交流できる場所なんだ。社会で子どもを育てていくことの重要さを実感するよ。

子どもと映画

ヨシ:今月(2019年10月号)の『ふらんす』の特集は「映画の秋!」。子どもと社会の関わりを描いた映画というたら、やっぱ是枝和裕監督の『万引き家族』やけど、この作品がパルムドールに輝いた第71回カンヌ国際映画祭で、審査員賞を受けた『存在のない子供たち』も、子どもを主人公にして社会問題を描いとったねえ。

クニー:監督はレバノンで生まれ育ったナディーン・ラバキー。映画では、貧民街、児童労働、児童婚、不法移民のシングルマザーなどの問題が描かれている。

ヨシ:舞台はレバノンかなと思うけど、どこと特定されるわけやない。そこにフィクションならではの普遍性があると思うねん。ここに描かれるのはもっと広く中東を巡る問題でもあり、さらにいうたら、どの社会でかて、社会に問題があるとき、そのせいで一番(いっちゃん)苦しめられるんは、その原因からは一番(いっちゃん)遠い子どもたちなんや。

クニー:戦争や紛争に翻弄される子どもの存在といえば、例えばイランの映画監督ハナ・マフマルバフが撮った『子供の情景』(2007)があるね。

ヨシ:『子供の情景』は、われらが編集長ミロリンの大のお気に入り映画や。主人公の6歳の少女バクタイちゃんの切り抜きを机の上において、いつも癒されてるらしいで。

クニー:確かに愛くるしい女の子だね。映画の舞台はタリバンが仏像を破壊したバーミヤン。隣家の男の子と同じように学校に行きたいバクタイだけどノートさえ持っていない。それでも苦労してノートを手に入れ、学校への道を歩き出すんだけど、途中でタリバンの真似をする男の子の集団に絡まれたり、「ここは男の子だけの学校だ」と追い出されたりして、なかなか辿りつけない。

ヨシ:そんな道中こそ、大人によって子どもが押しやられた不安に満ちた世界を象徴してんねんな。

クニー:監督はインタビューの中で、次のように言っている。「(この映画を見ると)大人は、自分たちの振る舞いが、いかにより若い世代に影響を与えているかを感じるでしょう」

ヨシ:『存在のない子供たち』も『子供の情景』も、子どもを主人公にしてるけど、彼らの眼差しを受けて、真剣にこの社会を考えなアカンのは我々大人なんやね。

子どもの権利条約

クニー:子どもについて知っておきたいのは、1989年に国際連合総会で採択された「子どもの権利条約」だね。

ヨシ:それやったら、めっちゃエエ本があるで。Déclaration universelle des droits de l’enfant illustrée (Éditions du chêne, 2017)。『ビジュアル版 子どもの権利宣言』(創元社、2018)いう日本語訳も出とる(以後引用はこの翻訳を参照)。

クニー:子ども本人が権利条約を読んで理解できるように、条文をかみ砕いて紹介した本だね。さっき自分の意見を表明することの大切さについて話したけれど、この条約の中にも「意見を表明する権利」が規定されている。第12条で「締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に意見を表明する権利を確保する」

ヨシ:« Les États parties garantissent à l’enfant qui est capable de discernement le droit d’exprimer librement son opinion sur toute question l’intéressant. »が仏文やね。

クニー:この条文に関して先ほどの本は次のように紹介している。「子どもに関係のあることを決めるときはいつでも、自分の意見をもつ年齢になった子どもには、自分の考えをいう権利があります」

ヨシ:« Dès que tu es en âge d’avoir ta propre opinion, tu as le droit de donner ton avis sur toutes les décisions qui te concerne. » 子どもかて一人の権利主体であって、その権利をしっかりと保証していくことが大人に課せられとるわけや。

クニー:そして大人自身も自分の考えを社会で表明することをしっかり意識すべき。そうじゃないと今の子どもが大人になったとき、「意見を慎む」ことが当たり前になった社会を生きることになってしまうから。

グレタ・トゥーンべリさんが訴えること

ヨシ:自分の意見をはっきり表明するいうことでは、スウェーデン人のグレタ・トゥーンベリさんの話をせんわけにはいけへん。大人たちに気候変動の問題にアクションを起こすことを求めて、週に1回学校をボイコットし、議会場の前でデモをしはった。また2018年12月のCOP24(気候変動枠組条約締約国会議)にも招かれて演説をしてはる。彼女は当時15歳やってんね。

クニー:彼女の呼びかけに、世界の多くの若者が賛同して、それぞれの国で何回かデモ行進が行われたね。もちろんフランスでも、例えば5月24日のデモにはパリでは15,000人が参加したと報じられている(France Info、5月24日の配信記事より)。

ヨシ:その一方で、グレタさんは、7月にフランスの政治家有志に招待されて、国民議会でスピーチをしたんやけど、そのスピーチのボイコットを呼びかけた政治家たちも結構おってん。

クニー:基本的には右派の政治家たちだね。そうした政治家たちは「彼女は単なるメディアアイコン(icône médiatique)だ」として、所詮大人たちに操られているだけとみなしたり、「アポカリプスの導師(gourou apocalyptique)だ」として、未来について恐怖を煽っている、なんて騒いでいる(L’Express、7月22日の配信記事より)。

ヨシ:ホンマ大人げあれへんな。もちろんこの一件が左派と右派の政争の具になっていることは否めへん。けど、なんというたかて大事なんは、さっきいうたように、子どもには意見を表明する権利があって、それをきちんと保証せなアカンいうことや!

クニー:子どもも、科学者も、政治家もそれぞれが自分の立場をはっきりさせて意見を表明し、議論していく。その民主主義のルールを肝に命じて、環境問題を考えないと。もう待ったなしだよ!

◇初出=『ふらんす』2019年10月号

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著者略歴

  1. 福島祥行(ふくしま・よしゆき)

    大阪市立大学教授。仏言語学・相互行為論・言語学習。著書『キクタンフランス語会話』

  2. 國枝孝弘(くにえだ・たかひろ)

    慶應義塾大学教授。仏語教育・仏文学。著書『基礎徹底マスター!フランス語ドリル』

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