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福島祥行+國枝孝弘「ヨシとクニーのかっ飛ばし仏語放談」

第25回 辞書を愛する

三年目が始まりました!

クニー:ボキャー、シアワセだなぁ~!

ヨシ:ぼくも、シアワセやぁ!

クニー&ヨシ:二人ともシアワセだー!

クニー:ぼくらの放談も3 年目に入ったからね! 最初ヨシから「放談しない?」って言われたときには、まさかこんなに続くなんて思ってなかったよ。

ヨシ:ぼくかて、まさか、こないな人生の展開になるとは……。

クニー:じ、人生? まあぼくらも50 歳の大台を越えているから、人生なのかもしれないけど、「楽しみにしてる」と言ってくださる読者のみなさまに感謝です!

ヨシ:ホンマ、人生とは予期せぬ出会い、新たな生命の息吹に触れ、そして我が命も~~~!

クニー:だ、大丈夫っすか? 始めますよ!

ヨシ:は、は~い!


辞書を編む

クニー:4 月です。外国語を学び始めるとき、大切な道具はやっぱり辞書。フランス語でdictionnaire、くだけた言い方では短くしてdico「ディコ」。白水社の仏和辞典の名前にも使われているね。

ヨシ:ホンマ、辞書は大切やね。でも最近は電子辞書や、スマホやパソコン上で使えるアプリがすっかり普及して、紙の辞書は影が薄うなってきてる。

クニー:そうだね。でも、ぼくらがフランス語の勉強を始めたときは、紙の辞書しかなかったし、今でも使ってるよ。ヨシのお気に入りの辞書は?

ヨシ:なんといっても『スタンダード仏和辞典』(大修館書店)、通称「旧スタ」やね。初学者時代には革装版を愛用してました。

クニー:ああ、ぼくも愛してやまない辞書です!

ヨシ:クニーはどんなところが好きなん?

クニー:序文です!

ヨシ:じょ、序文?

クニー:そう。『スタンダード仏和辞典』は1957 年に出版されているけれど、その序がいいんだ。

ヨシ:フランス詩の研究などで有名な鈴木信太郎先生が書かはったやつ?

クニー:うん。「1945(昭和二〇)年空襲によつて東京は焼野原となり、終戦の後、混沌とした時代が来た。焼残つた書庫に十五坪を継ぎ足して蟄居しながら、私は暗澹なる気持で世相を眺めてゐた。その時、大修館主人鈴木一平氏の訪問を受けた。息子同志が中学校で友達だつたからである。用件は、仏和辞典を私に編纂してくれといふ頼みである」(原文は旧漢字)

ヨシ:そうか。息子同士がねえ……。その後、信頼を置く何人もの学者に声をかけて、態勢が整っていく様子が書かれてるね。執筆者のひとり中平解先生を東京に呼ぶため、先生の家族ごと、鈴木先生ご本人の屋敷に住まわせはるなんて、辞書の実現にかけた熱意が伝わってくるなあ。

クニー:この序を読むたびに、志の高さに感動もし、そして反省もするんだ。自分はここまでフランス語に人生をかけているかって……。

ヨシ:辞書は十年の歳月をかけてようやく完成する。ほんで、クニーが読んでくれたくだりは1987 年に出た『新スタンダード仏和辞典』(「新スタ」)の新しい序文の中にも引用されてる。

クニー:辞書の編纂に携わったお一人、朝倉季雄先生の『フランス文法事典』(白水社)は、本格的にフランス語を学ぶ学習者、そして我々教師に必携の本だけど、やはり序の文章から、先生の苦労と粘り強さがひしひしと伝わってくる。

ヨシ:ルネサンス期文学の研究者であり、大江健三郎の師でもある渡辺一夫先生の勧めによって、朝倉先生は、昭和12 年ごろから準備に着手する。ところが、戦争中に大切にしていた文典も事典もことごとく焼失してしまうんやね。手元に残ったのはノートだけ。せやけど、失意の中にあった朝倉先生のもとに渡辺先生の励ましの手紙が届く。この仕事をまとめ上げられたのはひとえに渡辺先生のおかげやと述べられてる。

クニー:この序を読むたびに、フランス語学習への思いを新たにするよ。


訳語を考える

ヨシ:『スタンダード仏和辞典』も『フランス文法事典』も「新」が出ているように、時代にあわせて単語の選択や訳語なんかも当然更新されていくわけやね。

クニー:辞書は生き物!

ヨシ:たとえばmec。男性を指すくだけた単語で、「新スタ」では「奴(やつ)」の訳語をあてて、Quʼest-ce que cʼest que ce mec-là ?「一体あいつは何者だ」とやはりくだけた例文が使われてんねん。でも「旧スタ」では、【親愛語】として、Tu comprends, mec ? の例文に「おい大将、解るかね?」って訳をあててんねん!

クニー:大将って、「いなかっぺ大将」か海援隊の「あんたが大将」くらいしか思い浮かばない……。

ヨシ:わが森本英夫師匠は、ときどき「大将」ってゆうてはったなあ。

クニー:そもそもフランス語の単語にどのような訳語を対応させるかは、辞書の工夫の見せどころだね。『プログレッシブ仏和辞典』(小学館)では、単語によっては訳語だけではなく、語法コーナーを設けて説明を加えてたりもしてる。

ヨシ:ぼくも執筆に加わった辞書や! 編集部からわりあてられたところに語釈をつけたけど、どこが採用されたか、もう忘れてもうてわからへんー!

クニー:でも確かにヨシの名前が執筆者一覧にあるよ! 単語の話に戻るけど、たとえばintéressant とamusant について次のように説明されてる。「ともに『おもしろい』という意味を持つが、その『おもしろさ』はまったく違う種類のものである。intéressant は『知的に興味をそそる、注意を引く』という意味で使う」。

ヨシ:確かにある言語の単語を別の言語の単語に置きかえただけやとアカンくて、どういう意味を込めて使うかが重要。そのためには文脈にきちんと配慮する必要があるねんな。


情報満載の辞書

クニー:単語の意味だけではなく、文法的な使い方まで説明してくれている辞書もあるよ。『ラルース仏和辞典』(白水社)はかなりユニーク。たとえばmêmeを引くと、単に「同じ」という意味だけではなくて、「le, la, les ~(s)」として通常定冠詞とともに使われることが明示されている。しかも参考として「定冠詞以外の付いた例」も紹介されているんだ。

ヨシ:そのちょっと上の項目にはmelonがあるね。むろんメロンのことやけど、「丸ごと数えるなら加算、料理の材料などなら不加算」とある。前者は不定冠詞、後者は部分冠詞を使うということやけど、例文がエエね。En entrée, nous avons mangé du melon au jambon「アントレには、ハム付きのメロンを食べた」。たしかに生ハムメロンは、1 個のメロンやなくて、料理の材料として切り分けたメロンの上にハムが乗っかってるもんね。

クニー:むろんメロン……。クー、素敵なオヤジギャグ!

ヨシ:他にも、たとえば『クラウン仏和辞典第7版』(三省堂) でfrancophonieを引くと、「フランス語はフランスだけでなく、ベルギー、スイス、モナコ、ルクセンブルク、カナダのケベック州、アメリカのルイジアナ州、セネガルなどのフランスの旧植民地のアフリカの多くの国で話されている。フランス語を話す人をfrancophone といい、フランス語が話されている国や地域はfrancophonie という」と詳細な説明が付けられてるで。

クニー:辞書は調べるだけじゃなくて、じっくり読む価値のある書物だと言えるね。ぱらぱらとページをめくると、偶然出会える知識がある。これはやっぱり電子辞書やアプリでは難しいんじゃないかな。

ヨシ:そう! 計算通りや効率の良さやのうて、回り道や偶然を楽しむ! 今年もあっちいったりこっちいったりして楽しみまひょ!

クニー:そんな弥次・喜多ならず、ヨシ・クニーをひとつよろしくお願いします!

◇初出=『ふらんす』2018年4月号

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著者略歴

  1. 福島祥行(ふくしま・よしゆき)

    大阪市立大学教授。仏言語学・相互行為論・言語学習。著書『キクタンフランス語会話』

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