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福島祥行+國枝孝弘「ヨシとクニーのかっ飛ばし仏語放談」

第42回 16世紀の擁護と顕揚

プレイアッド派と「フランス語」

ヨシ:♪眼をとじたら~何も見えへん~

クニー:また、谷村新司風の、よくわからない歌をうなったりして、どうしたの?

ヨシ:眼ェとじたら、ナンも見えへんのはアタリマエや! いうて、人生幸朗(じんせいこうろう)師匠が、ぼやき漫才のネタにしてはった。

クニー:うんうん、でも、ヨシはぼやかなくてもいいからね。

ヨシ:つまり、昴(すばる)って星は、牡牛座のプレアデス星団なわけや。

クニー:でも、冬の星座だし、今月号の特集とも関係ないよ?

ヨシ:すばるといえば、元関ジャニ∞の渋谷(しぶたに)すばるくん。主演映画「味園ユニバース」での演技と歌唱がすばらしく、赤犬との共演もすてきやった。

クニー:山下敦弘監督だね。

ヨシ:彼が関ジャニ∞を脱退してから、もう1年ちょっと、時のたつのははやいもんや。彼も、36歳、人生の半分と考えたときに、今後の人生を考えてジャニーズをやめたていうとった。

クニー:まさに、光陰矢の如し。ロンサールも歌ってたね、Cueillez, cueillez vostre jeunesse(摘みたまえ摘みたまえ、きみが若きときを)って。

ヨシ: そう、Pierre de Ronsard(1524-1585)の、カッサンドルへのオード。元ネタは、ホラティウス(BC65-BC8)のレウコノエへのオードに出てくるcarpe diem(カルペ ディエム)(きょうの日を摘め)や。そして、このロンサールやジョアシャン・デュ・ベレーなんかがLa Pléiade プレイアッド派、つまり「昴派」をつくるわけや。うわっ、つながった! ゾクゾクってきた!

クニー:いや、そんな、ミキの漫才のネタみたいなこといわなくていいから。

ヨシ:ちゅうわけで、ロンサール。今号は、つづりも16世紀のんでいきまっせ。Mignonne, allons voir si la rose / Qui ce matin avoit desclose / Sa robe de pourpre au Soleil, A point perdu ceste vesprée / Les plis de sa robe pourprée, Et son teint au vostre pareil.(愛しいひとよ、見にいこう、けさ日輪にむけて緋の衣を解いたあの薔薇が、この黄昏に、緋色の衣の襞と、きみに似たかんばせの色を、うしなってはいないかを)。

クニー:ロンサールの時代は、「国」の枠を越えた文化の枠があったよね。イタリアではペトラルカ、フランスではロンサール。オック語のトゥルバドゥールの精神がヨーロッパにひろがっていく。むかし、NHK のテレビフランス語でロンサールを紹介したときは、ロワール・エ・シェール県にあるロンサールの生まれたポソニエール城館でロケして、そこのガイドさんの話を紹介したんだけど、このときのシリーズは、おもねらない文学紹介ができてよかったと自画自賛の傑作。

ヨシ:それに、16世紀フランスいうたらRenaissance の時代。14世紀のイタリアに発した古代ギリシア・ローマ文化の復興がヨーロッパにひろまり、国をこえた文化圏が誕生しとるね。

クニー:16世紀といえば、宮下志朗先生の訳でおなじみ、モンテーニュ(1533-1592)。Que sçai(sais)-je ?(ク・セ・ジュ?) も有名だけど、La parole est moitié à celuy qui parle, moitié à celuy qui escoute.(ことばとは、半分は話し手のもの、半分は聞き手のものだ)とか、de même, au langage, la recherche des phrases nouvelles et de mots peu connus vient d’une ambition puérile et pédantesque. Puissé-je ne me servir que de ceux qui servent aux halles à Paris.(ことばの場合も、新奇な表現とか、よく知られていない単語などを探しまわるのは、学をひけらかしたいという、子供じみた野心のせいです。わたしなどは、いっそのこと、パリの中央市場(レ・アル)で使われることばだけで済ませないかと思っています)。これ、古典主義の先取りだね。

ヨシ:ところが、「国」の枠ができてくんのも、この時代やねんな。1515年に即位したフランソワ1世(1494-1547) は、断続的に「イタリア戦争」に参加しとって、その余録で、レオナルド・ダ・ヴィンチをフランスへ連れてきたりしたわけやけど、当時のイタリアは、絢爛豪華な文化の最先端やった。おかげで、当時、appartement とかcaporal とかconcert とか建築用語、軍事用語、音楽用語とかたくさんの単語が、イタリア語からフランス語に流入しとる。

クニー:ルネサンスとイタリア戦争のおかげで、当時のフランスは、じぶんたちについて、見つめなおさざるをえなくなったわけだね。リフレクションだ。

ヨシ:先進的やったギリシア・ローマとイタリアへのコンプレックスやね。じっさい、1531年にSilvius いうペンネームでIn linguam gallicam isagoge(『フランス語入門』) を出したJacques Dubois(1478-1555) は、フランス語は「ラテン語の堕落したもん」やというとる。

クニー:いっぽうで、さっきのJoachim du Bellay (1522-1560) は、1549年に出した、プレイアッド派の宣言書ともいわれるLa Deffence et Illustration de la Langue Francoyse(『フランス語の擁護と顕揚』)で、ラテン語じゃなくて、フランス語で書くべきっていってるよね。

ヨシ:ただ、そのためには新語や新詩型や新修辞法を工夫せんとあかんし、古代ギリシア・ローマ、イタリアの文藝をお手本にせなあかんともいうとる。

クニー:そういえば、ラブレーも、『ガルガンチュア』のなかで、たくさん新語をつくってるねえ。

ヨシ:ちょっとあとやと、経営する印刷所が人文主義者たちの牙城となったエティエンヌ父子の息子の方、Henri Estienne(1531?-1598) が仏語優越派として、Projet de livre intitulé de la precellence du langage françois(『フランス語の卓越性について』1579)を出してる。

ヴィレル=コトレ勅令と「フランス語」

ヨシ:ちょっとさかのぼった1539年の8月に、パリの北にあるヴィレル=コトレで、フランソワ1世が出したOrdonnance de Villers-Cotterêts(ヴィレル=コトレ勅令)は、国政全般についてのおふれやけど、その第110条と第111条は、裁判関係の文書を、それまで標準やったラテン語やなくて「母語たるフランス語」で記すよう定めた条文として有名やね。ちなみに、第111条の原文はこんなの:De prononcer et expedier tous actes en langaige françoys Et pource que telles choses sont souuentesfoys aduenues sur l’intelligence des motz latins cõtenuz esdictz arrestz. Nous voulons q~ doresenauãt tous arrestz ensemble toutes autres procedeures,[ …]soient prononcez, enregistrez & deliurez aux parties en langage maternel francoys, et non autrement. これ、現代仏語やと、こう:De prononcer et rédiger tous les actes en langue française. Et parce que de telles choses sont arrivées très souvent, à propos de la compréhension des mots latins utilisés dans lesdits arrêts, nous voulons que dorénavant tous les arrêts ainsi que toutes autres procédures,[ …]soient prononcés, publiés et notifiés aux parties en langue maternelle française, et pas autrement.(すべての公文書は、フランス語により読み上げ、編すること。判決に用いられたるラテン語の理解につきて、前述のことの頻発せるにつき、向後、朕はすべての法令ならびに訴訟は、[…]すべて、他の言語ではなく、母語たるフランス語にて読まれ、記録され、裁判の当事者に与えられることを欲するものである)。この勅令が「国のことば=母語たるフランス語」いうことを明確にいちづけたわけや。為政者にとったら、まず、言語を支配するのが王道やからね。教科書的にいうと、これで、フランスの中央集権化がはじまると。

クニー:つまり、「国語」意識の誕生ってわけだね。もちろん、このlangage maternel francoys は、当時の宮廷のことばってことだよね?

ヨシ:じつは、当時も、「フランス王国」には、オック語やフランコ・プロヴァンサル語や、いろんな「フランスのことば」が使われとったわけやから、どれが「母語」か、ひとによってバラバラやったらしねんけどね。

クニー:けど、「母語たるフランス語」って文言が出てきたことが、じぶんたちの「母語」とは、とふりかえるきっかけになったのかもね。

ヨシ:この時代は、1550年に、つづり字改革に燃えたLouis Meigret(1510-1560)が、これまでのラテン語文法の枠組みから脱した、史上初の本格的仏文法論Le Trętté de la grammęre françoęze(『フランス文法概論』)を出してるしね。ただ、このメグレ提案のつづり字は、活字を組んでくれる印刷業者がなくて困ったそうや。16世紀の進取の気風も、テクニカルなサポートがあってのメグレ、いや、マグレあたりやなかったわけや。

クニー:生恵幸子(いくえさちこ)師匠やないけど、うるさいわ、この泥亀!

ヨシ:ごめんちゃい!

◇初出=『ふらんす』2019年9月号

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著者略歴

  1. 福島祥行(ふくしま・よしゆき)

    大阪市立大学教授。仏言語学・相互行為論・言語学習。著書『キクタンフランス語会話』

  2. 國枝孝弘(くにえだ・たかひろ)

    慶應義塾大学教授。仏語教育・仏文学。著書『基礎徹底マスター!フランス語ドリル』

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