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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第36回 6月10日の観察

 東京は今日から梅雨入り。5月中は夏の日差しを思わせる日もあったのに、このところオハナの散歩をするかどうかに悩む日が続いている。うんちは外で致したい派のハナちゃんは、お外に行けないとトイレを我慢してしまう。できれば日に一度は散歩に出たい。

 雨が降ると窓を開けてもらえないこちゅみにとっても、ストレスが溜まる季節のようだ。キャットTV鑑賞も、窓が開いているのとそうでないのとでは臨場感が違う。前者はきっと8K&ドルビーサラウンド。バリバリボウルの上で名探偵ポアロのモノマネして腕を組み、ガラス越しに窓外を眺める背中もなんだかいつもよりアンニュイに見える。

 以前もここに書いたこちゅみのお散歩は、いまも続いている。むしろ、さらにコンスタントに、オハナの夕方の散歩にほとんどいつも同伴している。と言っても、リュック型のソフトケージに入ったままだが。逃走防止のキャリーを卒業し、ハーネスの装着だけで出かけられる日はきっとまだしばらく来ない。それでもキャリーに入るのを嫌がることはもうなくて、オハナが洋服を着せてもらった=お外に行く時間だということが判っている。抱き抱え、縦長のリュックに頭から降ろしても、くるん、と自分で向きを変えてちょこんと座り、メッシュ素材の蓋が閉まるのを静かに待っている。歩いているあいだも、ぶるぶる震えたり野太い声で鳴いたりすることはない。近所のさくら猫、ミケちゃんと道ですれ違っても静かだ(ミケちゃんはハーッと威嚇する)。

 界隈をみんなで一周まわって、オハナのタイミングでうちに帰る。あがりかまちにリュックを下ろしてファスナーを開けても、こちゅみはすぐに飛び出さなくなった。リュックのなかに留まったまま、しばし余韻を楽しむことにしているのかもしれない。オハナのハーネスを外し終えたときにはいなくなっていて、探すと遠くリビングの片隅で、こっちに背を向けて座っている(よく見ると耳だけ玄関を向いてる)。わたしはオハナを抱き抱え、小太朗の脇をすり抜けて水場に行き、雨の中を歩いたハナちゃんの足をきれいに洗ってやる。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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