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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第42回 9月9日の観察

 9月に入っても、悲しくなるような暑さ。ただ午前中の光、庭で鳴く虫の声、オハナと歩く夕方の空気には秋っぽさを感じる。現実から目を背けたくてそう感じているだけ? だとしても、ありがたい。

 最近の小太朗は、ひとことで言うなら「爆発」。なんというか、なにもかもが急にドカン、と上り調子である。8月は午後2時過ぎまで朝ごはんも食べないことが多く、昼間は2階のベッドで長く伸びて(スーパーマンのポーズで)寝ていた。茶と黒の色づかいまで暑苦しい毛皮を着込んでいるのだから、そりゃあしんどかろうと思ういっぽう、猫は砂漠の出身だから暑さには強いという説もあり、むしろかけっぱなしのエアコンの冷気にやられているのかとも思う。今年はわたしのホットフラッシュもかなりのもので、毛皮の民より自分のほうが圧倒的に暑がっている気もする。

 数日前の雨の日、こちゅみが食欲を完全に取り戻した。冷蔵庫の前の床であわれっぽく鳴いておやつをカツアゲしようとしたり、食事を待つあいだ自分より前にしゃしゃり出たオハナにスリーパーホールドをかけたり、オラオラ活動(略してオラ活)も激しく再開された。夏のあいだ体重は少し減ったものの、この調子ならきっと冬には元に戻る。ネコを生きるこちゅみは何時にご飯とか、健康的な食事ダイエットとかではなく、体の要求にしたがってそういうサイクルを繰り返しながら生きていくのだなと、猫をまたひとつ理解した(気になっている)。

 遊びに反応しないことも、一緒に寝ないことも、3歳になって落ち着いたというより暑さのせい、すなわち夏休みの小学生的なことだったようだ。ここ数日は紐と羽で、幼猫時代に戻ったように元気に遊んでみせ、卒業したと思っていたハイ・ジャンプも惜しみなく繰り出している。ダイニングテーブルで仕事するわたしを遠くから呼びつけ、絨毯敷きの居間に行くとニャア(あれ出せよ)、と催促する。それを受け、緩衝材のザラ紙をのろのろと床に広げていると、みずからおもちゃカゴに頭を突っ込んでワニのぬいぐるみを担ぎ出したこちゅみはその子もろともドテンと床に転がり、抱き抱えたその子に後ろ脚で蹴りを入れている。そのさまはいかにも芸術的、まさに芸術の秋、文字通り「芸術は爆発」なのだった。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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