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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第21回 10月22日の観察

 キーボードを打つ手を休めてパソコンのカレンダーを遡ってみる。やっぱり、オハナがうちに来てから今日でちょうど一年だ。そしてそれは、小太朗が来て2年と3日経ったということでもある。どちらともそんなに長く一緒にいる実感がなくて、へぇ!と驚いてしまう。オハナが来てからは生活が大変だと感じることも増えたけれど、そうか。それでももう一年、なんとかやってきたわけだ。

 一年前と比べてオハナはずいぶん変わった。うちに来たとたん、床に大きいほう(失礼!)を漏らしてしまうぐらい、最初のうちは慢性的に下痢だった。足の筋肉が弱くてよろよろと歩いたし、尻尾がおなかにぺたんとついて、目も合わせてくれなかった。触ろうと手を伸ばすと、怯えて後退してケージに逃げ込んだ。

 いまは、帰宅したわたしを玄関まで迎えに来てくれる。尻尾はたいていくるんと上にあがっているか、プロペラみたいにブルンブルン回っている。はなちゅみただいま、と声をかけて頭の上に手を伸ばしても、ビクッとしたりしない。むしろ、自分から撫でられにきて、撫でる手を離すと前足でその手をトントン叩いて催促する。結構なおばあちゃんだからもうずっとこのままかと思ったけど、たった一年でこんなに変わるんだね。家の人たちとはそんな話をする。

 オハナを迎えるにあたってはすごくお金がかかった。こちゅみのときはケージやトイレ、ご飯を用意するぐらいで済んだが、保護団体との約束で玄関に柵を取り付け、ハーネスから服、ケージまで新品を揃えた。加えて、持病の検査費用や薬代もかなりの高額になる。それでも、どうなるかと思っていた小太朗が、オハナに嫉妬して拗ねたあげく家出を企てるようなこともなくて助かっている。あっても、腹ペコのイライラを持て余しているとき、床をうろつくオハナめがけて箱の上から飛び降り、妹にプロレス技をかける兄さながら、ハナの胴体に腕を回してオラつくぐらいだ。二匹がうちにきて、わたしはもう寂しくない。せっかく出かけても早くおうちに帰りたいと思ってしまうぐらい、この子たちの居るところがわたしの居場所だと感じる。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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