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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第11回

5月8日の観察

 沖縄から帰り、懐かしいナキさんの写真を見せても無反応だった、残念なこにゅみ。新年度に突入したヒトの家族が二人、提出書類や履修登録でテンパりながら彼のなわばりをバタバタ行き来するさまを尻目に、今日もにゃーにゃーと(のうのうと、の発音で)元気なこちゅみです……あ、タンマタンマ、そうでもなかったわ。実はこちゅみ、4月から5月にかけて2回ほど通院しました。

 ドターン、バタバタバババダン!という音を聞いたのは4月の上旬。「え、何?!」「知らん、なんや?」。驚いたGとわたしが、風呂掃除や洗濯をしていた洗面所から台所に駆けつけると、尻尾を倍の太さに膨らませて困ったような顔をした小太朗氏が床に佇んでいた。何があったー?と聞いても当然、答えてはくれない。

 仕方なく、じっちゃんの名にかけて家の中を捜索する人間たちは、冷蔵庫に貼った折り紙のチューリップ(小学生に貰った)がめくれ上がり、マグネットとタイマーがずり下がっていることを発見。なーる、最初の「ドタン」はここから落ちた音か。で、続くバタバタはやっぱ……走り回ったよね、あたりを。だろうねぇ。とりあえず、骨など折っていないか念のため即、通院。なんともないとのことで帰宅したものの、ご本人はしばらく縄張りの一部(一階部分)を避けて暮らしたり、ホフク前進ですか?ってぐらい床スレスレに、張り詰めた表情で歩いたりしていた。

 2回目はもうちょっと大変で、こにゅみの後肢の爪がまるっと剥がれた。わたしは家におらず、2階で掃除機をかけていたGがドーン!という音を聞いた。走り回るこにゅみが落ち着いたところで、床に爪を発見して驚くG氏。帰宅したわたしも床にこちゅみの血痕を発見し心配MAX。一階の掃き出し窓のカーテンフックが1箇所外れていたからきっと、カーテンレールから落ちたはず、というのがディテクティブGの見立てだった。

 次の朝、傷心のコタ氏に人が付き添い、再通院した。「また来たの?」とは決して言わないナイスな先生が、ここから感染したりはしないので放っておいていいです、と消毒だけしてくれる。そして、「うちの猫も、だいたい二歳に必ず何かしらやらかしてたからー」と人間を励ましてくれた。そんなもんかと思えて有り難かったが、いやー過激だよ、猫種ども! 彼らが思っていたほどくるりんぱの達人ではないことも、目から鱗ですよ。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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