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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第17回

8月19日の観察

 わが家では人間たちの忙しさが続いている。

 お盆休みを境に、発表会のリハーサルで家を空けがちだったわたしと入れ違いにGが京都へ出張。帰宅した彼の代わりに今度はRが、論文の調査で兵庫に旅立った。こういう状況でも、はな&こちゅみをつつがなくお世話できるよう、一週間分の予定を事前に話し合うのが家族の習慣となって久しい。特にこの夏、誰かしらが家にいるシフトを組んでいるのは、あまりにも暑すぎる異常気象、いや、今後きっとこれがデフォルトになるであろう温暖化由来の気候に対応するためだ。このところ、停電を起こすほど激しい雷雨や早すぎる台風の到来など、いつどんな状況でエアコンが止まってしまうか気が気ではない状況が続く。うちで暮らす動物たちが不可抗力状態のまま、命の危険に陥ってしまってはいけない。というか、そんなことになったら後悔してもしきれない。だから、ちょっと大変ではあるけれどわたしたちは入れ子状になって誰かしら、家に残っているのだった。

 GとRはこれを、けっこう大変だと思っているみたい。小さい子どもと暮らすのに比べたら、わたしにはそこまでハードに感じられないんだけれど。正直、1日3度のご飯の支度も、猫犬のほうが大人2人分より圧倒的に簡単だ。うちの子達は、毎日汚れた衣服を大量に出すこともなければ、なんだかよくわからないエピソードをよろしくないタイミングで聞かせてくることもない。なにより、見た目が段違いに可愛らしいうえ、癒される触り心地をしている。そんなこにゅみとオハナが必要とするのは、毎日ほんのわずかのアテンションと身の回りの世話、そして誰かがそこにいることだけ。撫でたり、おもちゃで遊んだりはあっても、なんとそれだけなのだ。

 いてあげる、というのも最近は語弊があるように感じる。実際、そこにいてくれているのは彼らであって人間じゃない。彼らが我々を必要としているよりもっとずっと、我々が彼らを必要としていることは間違いない。最近、お外で暮らす子達を見かけないが、どうか元気でいてほしい。あの子たちとときどきすれ違うことも、生活する上で欠かせない楽しみだから。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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