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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第7回 3月6日の観察

 晩ごはんの支度中、足元でワン!という声がした。最近、小太朗に向かってオハナはときどき、こんなふうに苦言を呈している。飯どきを察してキッチンに集合する二匹は対等であるべきなのに、俺が先だと言わんばかりのこにゅまるがはなちゅみにオラついてみせる。そりゃあ、気の強いチワワ種の彼女にオラつき返されるに決まってる。

 我が家では、動物のご飯タイムを1日3回、8時、2時、8時と設定している。どういう仕組みで知覚しているのか、こちゅみは各回1時間半前になるとアイランドテーブルに飛び乗ってふぁーん、うわーん、と騒ぎ出す。大幅に時間を間違えちゃってはいるものの、かなり正確に、いつも同じだけ早いのがすごい。かといって、そこで要求に負けてご飯をあげてしまうと、食事の時間がどんどん前倒されて大変なことになるので、いつもちょっとしたおやつをあげて誤魔化している。こちゅみに負けず劣らず、オハナも相当な食いしん坊ではある。ただ、時間の感覚が猫ほど厳密に備わってはいないようで、こにゅ氏が騒ぎ出す=ママが何かくれる、という認識。そんなわけで、いつも初動が遅れてしまうこともオラつかれる原因かもしれない。おばあちゃんだし、わたしと同じく、若いこっちゃんほどの気力や元気はないって感じなのかも。

 準備中のフードを、1ミリも待てずにボウルから奪おうとするこちゅみを阻止すると、腹いせに床をうろつくハナちゃん(こちらもご飯を待ちきれない)の真横すれすれをめがけ、アイランドテーブルからタンッ!と飛び降りる。ついでに、前足を使ってオハナにちょっかいを出すこともしばしば。うちに来て5ヶ月、ようやくここでの暮らしに慣れてきた彼女は、チワワらしい「我」をジャンジャン出しはじめ、いまではあらゆる場面で小太朗と張り合うまでになっている。吠えられ、甘噛みではあるけれどパクッ!とやられたこっちゃんは、実は小心者。それ以上にやり返すこともなく、その場に佇んでいる。

 犬と比べて、猫は個人主義のように思われがちだが、実はしっかりとした縦社会を構築しているらしい。先日観た猫番組では、先住猫がこにゅみと同じような「仁義」を新米猫に要求していて、へぇ〜っと思った。そうと知っていたわけではなく無意識のうちに、オハナが来た当初からわたしは、写真業界で身につけた縦社会の処世術を二匹に充当していた。人間の子育て業界でも、二人目が生まれてしばらくはなんでも上の子を先にしてあげるとうまくいく、という有名な説がある。立場が上のものがそうでないものを気遣って優先する、という考えはきっと、かなり成熟した知性なのだろう。いずれにせよ、二匹のみゃおわおとしてはできるだけ心労少なく世話を終えたい、というのが本音だ。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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