白水社のwebマガジン

MENU

「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第14回

7月11日の観察

 7月に入ったばかりなのに猛暑日が続いている。そうでなければ、雨である(まだ梅雨らしいね)。人間にとっても快適とはいえないこの気候、地球の事情を知らないこっちゃんとハナちゃんからすればわけがわからないことだろう。この時期、こちゅみの全おしゃべり中15%ぐらいは「みゃおわお、なんで窓を開けないのですか?」という問いに聞こえる。おそとウォッチングも、窓を閉めたままだと印象が違うよね。匂いや温度、音や風を感じる時間は、室内飼いの彼にとってなににも変え難いはず。オハナも、推定年齢13歳らしく寝ている時間は長いが、日に2回の散歩をご飯の次に楽しみにしている。だから雨の日でも一瞬の隙をみて、さっと外に連れ出す。足がドロドロになって、お風呂場直行必至だけれどもやる。

 前回、こちゅみのお散歩可能性について書いたが、今日までに2回ほど実行できた。晴れた日の夕方、十分涼しくなってから、オハナの散歩の際、ハーネスを装着しリュックに入れたこちゅみ氏をお腹側に背負って玄関ドアを出てみた。病院に行くときのように大きくミャオウと鳴いたのは最初だけで、あ、今日は車じゃないのね? とでも言っていそうな感じでじっと様子を伺っている。わたしの少し前を闊歩するオハナの姿をメッシュ素材の窓から観察し、病院じゃなさそうと思ったのか落ち着いている。こっちゃんはもともと(わずかな期間だったが)野良猫だったから、その頃のことを思い出したりするのかなぁと想像してみる。外の景色を乗り出し気味に見つつ静かにしていたが、嫌がってはいないように見えた。一度だけ人間とすれ違ったときも落ち着いていたし、オハナちゃんがうんちをする現場もしっかり見届けた。

 2度目は出発から帰宅まで一度も鳴かなかった。近隣を一周するあいだ他のワンちゃんに2度、数人の子供の集団とも1度すれ違ったが、騒いだり動揺したりする様子は見せなかった。部屋に戻ってからも、ただちにリュックから出せ!という素振りや鳴きはなく、ファスナーを開けるとゆっくり、優雅に外に飛び出し、尻尾を立ててキッチンのほうへ歩き去っていった。

 それ以来、オハナの散歩の時間になると、こっちゃんは定位置のベッド(何ヶ所かある)から玄関の入り口付近に移動してきて座り、わたしを見つめてくる。それって、「わたしも行きましょうか」という逆オファーなのか? タイミングが合うときにもう一度、散歩に連れ出してみようと思っている。

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

フランス関連情報

雑誌「ふらんす」最新号

ふらんす 2024年10月号

ふらんす 2024年10月号

詳しくはこちら 定期購読のご案内

ランキング

閉じる