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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第46回 11月5日の観察

 猫は3歳を過ぎた頃からだんだん遊ばなくなると聞いたが、こちゅみは絨毯の上の緩衝材をずざざざーっ!と滑ってダンボールハウスに突っ込む遊びに沼っている。定期点検から戻ってきた石油ストーブが片側だけ中面の出たダンボールで固定されていたので、試しに絨毯に敷きつめたら遊びの火力が2年前ぐらいの強さに戻った。羽のおもちゃを果敢に追い詰めるフリをして実は「ずざざざざーっ!」がやりたいだけのハイテンションこちゅみに、わたしも沼っている。

 我が家では現在、冬に備えたカロリー備蓄も流行している。自分の食欲も怖いほど旺盛だが、こつ&ハナも尋常じゃない執拗さでおやつを催促してくる。1日3回の食事時間も、最近は1時間から30分ほど前倒しだ。普段、仲良しでも険悪でもない距離を保つ2匹は、なにか食べたいときには連携するという協定を秘密裏に結んでいるようだ。まず、足軽こちゅみがわたしにしつこく話しかけ、その声を合図にハナがキッチンをうろつく。この連携プレーでみゃおわおをうんざりさせ、おやつを与えるしかなくなる精神状態にまで追い込んでいく。抗うには強靭な精神力と、しっかりした耳栓が必要だ。

 作戦が功を奏さないと、こちゅみはオハナに八つ当たりを始める。修羅場になったことはなく、メンタル頑強のオハナは意に介さないか、ほとんど歯のない口で応戦する。ついさっきも、オハナを前脚でホールドしようとしてすり抜けられてしまったオラちゅみ選手は振り上げた両手で掴むものを失い、そのままヒトが蚊を叩くように空中で前足をぱんっ!と打ちつけたあと四つ足で着地。ちょっと恥ずかしそうにしていた。

 うるさいので仕事の手を休めて重い腰を上げ、ダンボールハウスの前で羽のおもちゃを振ってみたが、こちらのやる気のなさを察知したのか脇腹をグルーミングしながら無視している。その間、なぜかオハナは養殖マグロのようにキッチンとリビングをぐるぐる周回していた。その様子に冷ややかな一瞥を送ったこちゅみはゆっくり立ち上がり、隠れ家に身を潜める。お、遊ぶのか? そう思って振った羽が、歩行中のオハナのしっぽに当たる。すかさずこちゅみが箱から踊り出て、あわや激突かと思った瞬間、オハナの背に前足をついて尻から頭の方へ飛び越える。その姿は一瞬、白いタンクトップが見えるほど跳び箱の選手そのものだった。興奮さめやらぬまま、目撃した奇跡をRに報告すると「そうそう、俺も見たことある」とマウント取られたので興醒めである。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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