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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第45回 10月19日の観察

 急激な寒暖差に衣替えが追いつかない。グローバル・ウォーミングの深刻化でもう冬は来ないのだと都合よく思い込み、なんの準備もせずだらだら過ごしてしまった。椅子から立ちあがるだけで汗だくになるホット・フラッシュのせいで、体感温度もバグっている。Tシャツを勇ましく脱ぎ捨て、上裸で家事やメールの返信を始める夏だったため、寒さに対する危機感が鈍った。

 どんなに暑くても、こちゅみ&オハナの日課を疎かにはできない。彼らはヒト頼みに暮らすしかなく、とりわけわたし頼みだ。オハナのシャンプーに定期検診、こっちゃんのブラッシングに爪切りに歯磨きと、やることは山ほどあるが、先月からGはほぼうちに寄りつかず(お外の猫?)、Rも多忙とのこと。各業務がわたしにのしかかっている。オレモ暇ジャナイヨ。立ち位置が「お母さん」の人ばっかり自分を後回しにする状況にみんな(自分でさえ)鈍感なのは、なぜだろう。

 ちくしょう、いまに見てろよ。Gはまだ、自分が失っているものに1ミリも気づいていない。先週、うちの布団は冬用の羽毛に替わった。それ以来、こちゅみはソファーで寝るのをやめ、昼寝もベッドの上でしている。つまり、こちゅみと添い寝できる季節が再び巡ってきたのだが、いま家にいないヒトをこちゅみがその相手に選ぶとは考え難い。今期もわたしの一人勝ちだろう。

 昨日は久々にこちゅみの爪を切り、一箇所だけ深爪した。痛かったのか、うーうー文句を言っていた。秘策「猫ぴゅーれ」でなんとか前足は切り終えたけど、残りは来週かな。3歳になって、こちゅみがまた変わったと感じる。今年は庭の柿が豊作で、窓の外には朝から夕方までいろんな鳥が、ひっきりなしにやってくる。こちゅみは1階と2階を移動しながら、開け放した窓辺でお客さんたちを長いこと眺めている。カカカカッ、と鳴いてみせる時もあるが、基本はただじっと見ている。 

 先週、久しぶりに段ボール箱でこちゅみの隠れ家を作った。カッターであけた窓からおもちゃを垂らして揺らしても反応は薄く、なかの暗闇で丸くなったまま動かない。ネットの買い物で溜めた紙の緩衝材を絨毯に広げ、その下にふわふわや羽のおもちゃを差し込んでカサコソ音をさせると、瞳孔がくわぁっと拡がる。ものすごい速さで紙の上から獲物を捉え、それを両前脚でブルトーザーみたいに押しながら絨毯を滑ってこちらへ突進してくるので腹を抱えて笑う。そのあまりの可愛らしさをぜひとも絵に描きたいと思うのだが、なにしろ深刻な人手不足である。遊ぶか写真を撮るかのどちらかしかできなくて、ひどくもどかしい。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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