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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第53回 2月20日の観察

 ヤングケアラーこちゅみ、爆誕。

 オハナの状態を詳しく調べてもらった。厳しい現実を知って辛い気持ちもあるいっぽう、「コスパ」や「タイパ」を無視して手を差し伸べてくれたヒト(お医者さん)のあたたかさに触れる機会もあって、なんとかやっている。介護にかなりの時間が必要、でも医療費がかかるので仕事はセーブできない。禁じ手だが睡眠時間を削るしかなく、Rもわたしも疲れている。

 こちゅみがどんな反応を見せるのか少なからず不安だったが、現時点ではオハナの残すフードを盗み食いする点を除けば、お利口さんだ。ケアのローテーションにも積極的に参加して、大活躍中である。

 100円ショップで買った座布団を、あらゆる角や障害物に括りつけた部屋は嫌かなとか、ハナを見守る早番、遅番の新体制に慣れてくれるかなとか、いかにもヒトのものっぽい心配をこちゅみはひょい、と飛び越えていった。とにかく、いまはオハナ優先だよね、とでもいうような優しさが、彼の行動や視線から溢れ出しているのを感じる。

 犬の徘徊対策に良いと聞いてソフトサークルを購入した。ここにオハナを入れておくと安心だけれど、疲れたら歩くのをやめるという当たり前の意識が働かないので、やっぱり見守りが必要だ。その役を意識してか、こちゅみは最近いつもオハナの見える位置に座っている。彼女が寝ているときもまるで安否確認するように、座布団で視界の悪くなったケージをときどき覗き込む。オハナが目覚めたことにいち早く気づき、どこかに挟まってバタバタしているときは「助けてあげて!」とわたしを呼びに来る。サークルが来た日、ぐるぐる歩いていたオハナが床に倒れ込むと慌てて駆け寄り、おろおろしながらサークルのメッシュ部分を前足で叩いていた。ヤングケアラーこちゅみ爆誕だわ。わたしが呟くと、なにそれ『テコンダー朴』みたい、とR。グラップラー刃牙、魔女っ子メグ、そしてヤングケアラーこちゅみ!とひとしきり盛り上がる。こっちゃんの存在はありがたいが、ストレスを溜めないよう気をつけてあげたい。

 ハナちゃんが寝ると、家の空気は少しだけ和む。そのときはこちゅみも、うらあああああぅ!という不穏な雄叫びをあげながら、ハナのサークルに飛び込んでぐるぐると回ったりする。まさか、オハナだけもらった新しいサークルが羨ましかったとは! 軽く驚きながら、新調したばかりの羽のおもちゃを頭上に垂らしてゆらゆらさせると、テンション爆上げで飛びかかって獲物をむしゃっと咥え、また離す。こっちゃんのこういう、事態を理解してるんだかしていないんだかよくわからないズレた感じを笑う時間に、ヒトの家族は助けられている。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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