白水社のwebマガジン

MENU

「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第55回 4月6日の観察

 とうとう届いた、「ま」から始まるあのブツ‥‥。佐賀県から、小太朗くんのまたたびがこのたび爆着いたしました。すでに書いたように、うちはいま家族総出でオハナの介護に当たっており、みんなの疲労が蓄積し続けている状況。人間はときどき家を離れて介護の現実を忘れることができるが、こちゅみにはなんらかの息抜きが必要だろうと思っての、またたび導入だ。

 ちょっとした抵抗もある。またたびを嗅いだ猫をYouTubeで見ると、どうしても「サブスタンス・アビューズ」という言葉が思い浮かんでしまう。自分が酒もタバコもやらないので、「酩酊状態」や「依存」に対する警戒心は強い。もしもこっちゃん——まだ3歳の赤ちゃん——が、またたびを吸わないとイライラしたり、またたびを手に入れるために財布の金を盗んだり、嘘をついたりし始めたらと考えると、とんでもなく怖くなる。

 キャットニップ入りのおもちゃは与えてきたし大丈夫、と自分を納得させる。こっちゃんの、キャットニップ入り噛みぐるみへの食いつきはエグい。ギャラクシー師匠によれば、キャットニップとまたたびは違う植物で、後者の効果がより強いらしいのだが、さて、どうなるか。

 またたび粉末を、ヒト用のしょうゆ皿にほんの少し取り出す。生肉を冷蔵庫から取り出したときのように、匂いを嗅ぎつけたこちゅみが尻尾を高く立てて音もなく現れる。え?!という目でわたしに一瞥をくれたのち早足で近づき、いったん溜めてからアイランドテーブルにひょい、と飛び乗る。雑然と置かれた介護用品を器用に避けながら皿に近づき、鼻をぴくぴくさせて匂ったあと、ひと舐めする。見た感じに変化はなく、なかには効かない猫ちゃんもいるとのことなので、そっか‥‥よしよし、と差し出した手を、こちゅみの左手が素早く迎え撃つ。

 どうやら、ただのポーカーフェイスだったようだ。ちょっとワクワクしながら、おもちゃ籠からワニの蹴りぐるみを取り出す。後ろからついてきたこちゅみの近くに放ると、飛んできたワニを前足でガシッと引き寄せ、頭に噛みつき胴をはがい締めにして、後足で腹に高速の蹴りを入れる。少し離れたところにいるわたしにも、彼の激しい興奮が伝わってくる。紐の先にくくりつけたキャットニップ入りハリネズミを追いかけてはウールの絨毯を這い、宙を舞う。こっちゃんもいろいろ我慢していたんだな、としみじみそのさまを眺める。

 ダウンタイムに突入すると、ゴロンと寝転がってヘソ天を披露。またたびの効果の大きさに度肝を抜かれる。さらに少し経つと今度は、とんでもない甘えん坊に変身。これまで男性陣にしかしてくれなかった、胸に手をかけて立ち上がっておでこを顔にすりすりする仕草をみゃおわおにも大盤振る舞いするので、また驚く。赤ちゃんが急に大人になってしまったみたいで、なんだか寂しくもある。

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

フランス関連情報

雑誌「ふらんす」最新号

ふらんす 2026年4月号

ふらんす 2026年4月号

詳しくはこちら 定期購読のご案内

白水社の新刊

「ふらんす」100年の回想

「ふらんす」100年の回想

詳しくはこちら

白水社の新刊

Q1074 100語でわかるフロイト

Q1074 100語でわかるフロイト

詳しくはこちら

ランキング

閉じる