カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作『チタン』
映画『チタン』
© KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINEMA – VOO 2020
監督・脚本:ジュリア・デュクルノー Julia Ducournau
ヴァンサン:ヴァンサン・ランドン Vincent Lindon
アレクシア:アガト・ルセル Agathe Rousselle
ジュスティーヌ:ギャランス・マリリエ Garance Marillier
2022年4月1日(金)より新宿バルト9ほか全国順次公開
配給:ギャガ
[公式HP]gaga.ne.jp/titane/
昨年のカンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)を受賞した想像を絶する怪作である。
幼い頃から車に異常な興味を示す少女アレクシアは、父親の運転する車で交通事故にあい、頭部に傷を負ってチタンプレートを埋め込まれる。大人になったアレクシアは、車を相手に見立てた煽情的なショーのダンサーとして人気を博していた。だがある日、熱狂的なファンの男に言い寄られ、衝動的にその男を殺してしまう。その行動は次第にエスカレートし、アレクシアは犯罪者として指名手配される。しかも自分が妊娠していることに気づき、逃げ場を失っていく。そんなおり彼女は、行方不明の少年アドリアンの映像を見て、その少年になりすますことを決める。一方、アドリアンの父親で消防士のヴァンサンはアレクシアを見て、10年前に行方不明になった息子だと信じ込み、二人は親子として生活を始める。やがて二人の間にはお互いを必要とする奇妙な関係が生まれるが、アレクシアのお腹はどんどん大きくなって妊娠を隠しきれなくなり……。
狂気すれすれの世界に生きる、暴力的だが蠱惑的な、前代未聞のヒロイン像を作り出している。女性監督のジュリア・デュクルノーはカニバリズムを描いた衝撃的なデビュー作『Raw~少女のめざめ~』で注目を浴び、長編第2作となる本作でパルムドールを獲得する快挙を成し遂げた。
【シネマひとりごと】
カンヌの試写会場では、本作を見た観客たちの何人かが嫌悪感から途中で出ていったという。ミヒャエル・ハネケの女性監督版ともいうべき、神経を逆撫でするような作品が堂々とパルムドールに選ばれたことにまずは驚嘆する。冒頭の車中での少女の狂気じみた描写に始まり、突然の事故を経て、頭部へのチタン金属埋め込み映像の露悪趣味にさらされる。デビュー作『Raw~少女のめざめ』でも発揮されたグロテスクな演出が冴えわたる。続いて、車を相手にした幻惑的なショーに目が眩んだかと思うと、さらに怒涛のバイオレンスが続き、このあたりで一定の観客は人間的情緒の限界を迎えてしまうかもしれない。美徳の象徴たるジュスティーヌという名の娘や、コンシアンス(良心)と呼ばれる青年が、何の落ち度もないのに死を迎える。名前に込められた隠喩に監督の挑戦的な意図を感じるが、突如としてピエタのような親子の構図が差し挟まれ、今までさんざん悪徳を見せつけられていたのが、実は究極の人間愛に向かっていたのかと混乱させられる。ヒロインの性にとらわれない暴力的な行動には不思議な清々しささえ感じてしまう。驚きのラストも含め、観客の好みと寛容さが試される問題作である。どうぞお見逃しなく。
◇初出=『ふらんす』2022年4月号
*『ふらんす』2022年4月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。