山逢いのホテルで
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映画『山逢いのホテルで』
2024年11月29日(金)よりシネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
配給:ミモザフィルムズ
[公式HP] https://mimosafilms.com/letmego/
監督:マキシム・ラッパズ Maxime Rappaz
クローディーヌ:ジャンヌ・バリバール Jeanne Balibar
ミヒャエル:トマス・サーバッハー Thomas Sarbacher
バティスト:ピエール゠アントワーヌ・デュベ Pierre-Antoine Dubey
障害のある息子への愛情と、自らの欲望に忠実に生きたいという思いに引き裂かれる中年女性を描いた作品。今やフランス映画界を牽引する女優ジャンヌ・バリバールが体当たりで演じ切っている。
スイスの山間部の小さな村。主人公のクローディーヌは、夫が逃げたあと、一人で障害のある息子の世話をしながら、仕立て業で生計を立てている。毎週火曜日、彼女は息子を隣人に預け、山の上のホテルへ向かう。そこで一人客の男性を選んでは部屋へ誘い、その場限りの情事に身をまかせる。客たちから外国の情報を集め、息子に宛てて父親からの手紙として書く必要もあった。だがある日、一度関係を持ったドイツ人のミヒャエルと再会し、互いに惹かれ合う。クローディーヌは彼との逢瀬に夢中になり、息子との規則正しい日常が崩れはじめる。そんなとき、ミヒャエルが仕事で外国に行くことになる。息子の面倒を一生見るつもりだったクローディーヌだが、彼についていきたい気持ちが抑えられない。彼女は息子を施設に預けてミヒャエルと旅立つことを決意するのだが……。
原題は「Laissez-moi(私を自由にさせて)」。監督・脚本はこれが長編デビュー作となるスイスの新鋭マキシム・ラッパズ。世界最大級のダムや美しい山々の連なる静謐な風景のなかで、ジャンヌ・バリバールが自由を希求する女性の複雑な感情を見事に表現している。
【シネマひとりごと】
『山逢いのホテルで』のクローディーヌは、シングルマザーとして息子を育てながら自分の仕事を持ち、家事もきちんとこなし、週に一度、身なりを整えて見知らぬ男と寝るという生活を「規則正しく」行っている。その正確な日常のルーティーンの描写は、シャンタル・アケルマン監督の『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』を思わせる。実際、『山逢いのホテルで』の主演女優バリバールは本作が『ジャンヌ~』の現代版だと語っている。『ジャンヌ~』では、デルフィーヌ・セイリグがヒロインとなり、夫に先立たれ、16歳の息子を育てながら完璧に家事をこなし、自宅で売春をする女性を演じた。50年ほど前の映画だが、一昨年に英国映画協会が発表した「史上最高の映画ベスト100」の第1位に選ばれ、再注目された。今夏日本で開催された「アケルマン映画祭」でも喝采を浴びた話題作である。200分ほどの長尺だが、これがとんでもなく面白い。日常を定点カメラのようにつぶさに捉え、主人公の思いはほとんど読み取れないが、その一連の動作で感情移入できてしまう稀有な映画だ。一方、『山逢いのホテルで』のヒロインは、男から金をもらったりしない。ただ純粋に自らの快楽と解放のために男を誘う。『ジャンヌ~』のように、売春で得た金を壺に入れ、生活費をそこから出し入れするような几帳面さもない。『ジャンヌ~』では、ジャガイモを焦がしてしまうという、ささいなルーティーンの綻びから日常の均衡が崩壊し、衝撃のラストを迎える。だが、本作のヒロインは、恋に落ちることで生活の均衡を崩すことになる。判で押したような日常を自分の意志で統御したかったジャンヌと、決まりきった日常を抜け出して自由に生きたいと願うクローディーヌ。半世紀を隔てる二つの作品は、女性の立場や考え方の違いを鮮やかに際立たせている。