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中条志穂「イチ推しフランス映画」

映画『今さら言えない小さな秘密』

映画『今さら言えない小さな秘密』


© Pan-Européenne - Photo : Kris Dewitte © RAOUL TABURIN 2018 - PAN-EUROPÉENNE - FRANCE 2 CINÉMA - AUVERGNE-RHÔNE-ALPES CINÉMA - BELLINI FILMS - LW PRODUCTION - VERSUS PRODUCTION - RTBF(TELEVISION BELGE) - VOO ET BE TV

+ 監督:ピエール・ゴドー Pierre Godeau
+ タビュラン:ブノワ・ポールヴールド Benoît Poelvoorde
+ マドレーヌ:スザンヌ・クレマン Suzanne Clément

2019年9月14日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開

配給:セテラ・インターナショナル

[公式HP]http://www.cetera.co.jp/imasaraienai/

 ジャン=ジャック・サンペといえば『プチ・ニコラ』でおなじみの、フランスの国民的イラスト画家。そのサンペの隠れた名作を詩情豊かに実写映画化した作品である。

 プロヴァンスのとある田舎の村。自転車修理ならなんでもお任せあれのラウル・タビュランは、村の人々から厚い信頼を得ている。彼は美しい妻マドレーヌ、可愛い子ども二人とともに、穏やかで幸せな日々を送っていた。ある日この村に、さまざまな土地を渡り歩く有名写真家のフィグーニュがやってきて、村の人々のポートレートを撮り始める。タビュランとフィグーニュはすぐさま仲良くなる。ところが、フィグーニュがタビュランの自転車に乗る姿を撮りたいといったことから二人の関係がぎくしゃくしてしまう。タビュランの小さな秘密、それは自転車に乗れないことだった……。

 サンペの協力のもと脚本を書いたのは、『アメリ』のシナリオ作家ギヨーム・ローラン。ユーモアを織り交ぜてたくみに日常を切り取るサンペのとぼけた作風と、『アメリ』の夢物語を思わせる世界が見事に融合している。主人公タビュランに扮するのは、コメディを得意とする役者ブノワ・ポールヴールド。タビュランの妻をグザヴィエ・ドラン作品常連の女優スザンヌ・クレマンが演じている。原題はRaoul Taburin(ラウル・タビュラン)。

【シネマひとりごと】

 人物がいつも同じ服を着ているのはマンガやアニメの世界ではよくあることだが、本作の登場人物も常に同じ服装だ。自転車修理工のタビュランはつなぎのオーバーオール、その妻も赤い色のワンピース、きわめつけは自転車選手のソヴールで、家の中からぴったぴたのサイクルウェアで登場する。服装そのものがキャラ化し、登場人物たちは時間が止まった世界に生きているが、その設定がプロヴァンスののどかで変化のない田舎の日常とマッチしてなんとも心地よい。

 サンペの原作では主人公の妻は地味な看護師だが、本作の妻はかなり魅力的な主婦。まるでパトリス・ルコント監督『髪結いの亭主』のヒロイン、アンナ・ガリエナをモデルにしたかのような官能的な立ち居振る舞いで、髪型も服装もそっくり。間違いなく影響を受けていると思われる。また、主人公の親友となるフィグーニュは、原作では村の写真屋を営んでいるが、本作ではさまざまな村を訪れて人々のポートレートを撮る写真家だ。この写真集のタイトルがUn village des visages(村人たちの顔)。これは昨年公開されたアニエス・ヴァルダのドキュメンタリー映画『顔たち、ところどころ』(原題:Visages Villages「顔たち、村たち」)をもじったものだろう。『顔たち、ところどころ』では、まさに写真家ヴァルダが田舎の村の人々のポートレートを撮りに出かけてゆく。友情の絆が結びなおされる爽やかなラストに加え、監督のこうしたさりげないオマージュもこの映画の見どころだ。映画好きのツボを心得た演出に、新人離れした肝の据わり方を感じる。

◇初出=『ふらんす』2019年9月号

『ふらんす』2019年9月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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