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中条志穂「イチ推しフランス映画」

『グッバイ・ゴダール!』


© LES COMPAGNONS DU CINÉMA – LA CLASSE AMÉRICAINE – STUDIOCANAL – FRANCE 3.

『グッバイ・ゴダール!』

+ 監督・脚本:ミシェル・アザナヴィシウス Michel Hazanavicius
+ ジャン=リュック:ルイ・ガレル Louis Garrel
+ アンヌ:ステイシー・マーティン  Stacy Martin
+ ロジエ:ベレニス・ベジョ Bérénice Bejo

2018年7月13日(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開中

配給:ギャガ

[公式HP]http://gaga.ne.jp/goodby-g/

 

 女優であり作家であり、ジャン=リュック・ゴダールの2番目の妻だったアンヌ・ヴィアゼムスキー。彼女がゴダールとの生活を綴った自伝的小説の映画化である。

 1960年代後半、19歳のアンヌは、当時世界中から注目されていた映画監督ゴダールと恋に落ち、『中国女』の主役に抜擢される。ノーベル賞作家のフランソワ・モーリアックを祖父に持つブルジョワ娘アンヌと、17歳年上の気鋭の映画監督の結婚は大きな話題を呼んだ。アンヌはメディアに追い回されながらもゴダールとの刺激的な毎日を楽しむ。しかし1968年を迎え、ゴダールは映画よりも五月革命に没頭してゆく。カンヌ映画祭を中止に追い込んだり、自らの名で映画を作ることをやめ、「ジガ・ヴェルトフ集団」を結成したりと、政治的な行動がエスカレートする。そうしたゴダールとの間に、アンヌは溝を感じ始めていた。そんなとき、アンヌにマルコ・フェレーリ監督から新作映画の出演依頼が来るのだが……。

 ゴダールに扮したのは人気俳優ルイ・ガレル。しぐさや振る舞いなど、まるでゴダールその人のごとき見事な演技だ。『アーティスト』のミシェル・アザナヴィシウス監督が、誰も描こうとしなかったゴダールの素顔に迫っている。原題はLe Redoutable(手ごわい男)。原作の小説は『それからの彼女』(原題Un an après)。

【シネマひとりごと】

 冒頭から、あまりのゴダールらしさに噴き出しそうになった。フランチェスコ会修道士のような、頭頂部の絶妙な薄れ具合、口に何か入ってるかのようなもぐもぐしたしゃべり方、きどった指のしぐさ……ルイ・ガレルはまさにゴダールだった。本作を見て、知の巨人、世界の最前線を走る映画監督と呼ばれたゴダールがこんな人だったのかと驚き呆れるが、ひどく人間的な一面を見られていささか安堵もする。ゴダールと長年仕事をともにした撮影監督ラウル・クタールが、ゴダールのことを、「まわりにいる人すべてを不快にさせる名人」と言うのも納得がいく稀有のキャラクターだ。トリュフォーとの絶交は有名だが、本作でもベルトルッチ監督と大げんかしたり、自分のファンにさえ喰ってかかったりと、ただの変人ではすまされない厄介な人物のようだ。

 ゴダールの妻ヴィアゼムスキーは、かつてインタビューで、自分は教養のレベルが高い家庭で育ったので、知的な面でゴダールから教わることはなかった、と答えていた。そういった確固たる自信があるからだろう、ゴダールとの辛い思い出を振り返りながら、鋭い人物観察と自己分析を行い、感情の機微を詳細に綴ったヴィアゼムスキーの才能と勇気に感嘆する。彼女は昨年亡くなったが、いまも存命中のゴダールがこの映画を見てどう思うか興味深いところだ。ルイ・ガレルはゴダールを崇拝しているからこそこんな役は演じられないと悩んだらしい。この映画に見る自分の姿にゴダールも涼しい顔ではいられないだろう。映画化したアザナヴィシウス監督の大胆さにも舌を巻く。

◇初出=『ふらんす』2018年8月号

『ふらんす』2018年8月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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