白水社のwebマガジン

MENU

中条志穂「イチ推しフランス映画」

南フランスを舞台に若者たちのひと夏の出来事を描く『みんなのヴァカンス』

映画『みんなのヴァカンス』


© 2020 – Geko Films – ARTE France

監督・脚本:ギヨーム・ブラック Guillaume Brac
フェリックス:エリック・ナンチュアング Éric Nantchouang
シェリフ:サリフ・シセ Salif Cissé
エドゥアール:エドゥアール・シュルピス Édouard Sulpice

2022年8月20日(土)ユーロスペースほか全国順次公開中

配給:エタンチェ

[公式HP]minna-vacances.com

 エリック・ロメールやジャック・ロジエの精神を継承するギヨーム・ブラック監督が、陽光煌めく南フランスを舞台に、若者たちのひと夏の出来事を描いたヴァカンス映画。

 ある夏の夜、フェリックスはセーヌ川のパーティで出会ったアルマに恋をする。翌朝、アルマは家族とともに南フランスへヴァカンスに旅立ってしまう。フェリックスはアルマには内緒で合流することを思い立ち、親友のシェリフを誘ってインターネットの相乗りアプリで見つけたエドゥアールという青年の車に半ば強引に乗り込む。お坊ちゃま育ちのエドゥアールは実家に行くところだったが、フェリックスから、アルマのヴァカンス先へ行くよう指示され、狭い田舎道をあちこち行くうち車をぶつけてしまう。故障した車は修理に数日かかることになり、エドゥアールはフェリックスやシェリフとともにキャンプをして過ごすことになるのだが……。性格や、文化的・社会的階層も異なる3人の青年が、夏の時間をともに過ごし、恋愛や友情を通して新しい関係を築くさまをユーモアを交えて描いている。開放的な夏のヴァカンスを堪能できる作品である。原題は「A l’abordage(船に乗り込め)」。

【シネマひとりごと】

 フランス人にとってヴァカンスは最大の関心事だ。夏休み前ともなるとヴァカンスはどこにいくかが話題になり、自宅にとどまるとでも言おうものなら、可哀そうにと憐みの目を向けられる。カフェのテラスにせよ、ピクニックにせよ、とにかく戸外で陽光を浴びることが好きな人種で、ヴァカンスの過ごし方も、山や海など自然を取り入れたアウトドアが好まれる。本作はサイクリングやピクニック、川下りにキャンプと、レジャーの醍醐味をあますところなく詰め込んだ、これぞヴァカンス映画の決定版となっている。ギヨーム・ブラックは『女っ気なし』で注目され、ヴァカンスをテーマとした映画を撮り続けている、人気急上昇の監督だ。ブラック作品はエリック・ロメールほど恋愛至上主義でもなく、ジャック・ロジエほど人物が生き生きと輝いてもいない。『女っ気なし』の主人公を演じたヴァンサン・マケーニュに代表されるような、それほどカッコよくない、というかむしろ冴えない登場人物たちの姿を、肩の力を抜いて楽しむことができる。いかにも俳優然とした人物が不在のせいか、ある種、ドキュメンタリーを見ているかのような気分にさせられる。『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督は、ブラックのドキュメンタリー『宝島』を見て、フィクションとドキュメンタリーの境界が分からないような撮り方だと感嘆した。濱口監督の最新作『偶然と想像』も、被写体との距離感がドキュメンタリーのようで、ブラック監督との親和性を感じる。また、ブラックの映画は、たいした事件も恋愛もないのに、どうなるのか続きを追いたくなる、着地点の見えない不思議な魅力がある。ヴァカンスにそれほど憧れのない者でも、昨今のマスク生活から遠く心を遊ばせて、のんびりとした楽園に身をまかせてみるのに最適の映画だ。

◇初出=『ふらんす』2022年9月号

『ふらんす』2022年9月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

フランス関連情報

雑誌「ふらんす」最新号

ふらんす 2024年5月号

ふらんす 2024年5月号

詳しくはこちら 定期購読のご案内

ランキング

閉じる