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中条志穂「イチ推しフランス映画」

モノクロームの美しい映像で綴る『パリ13区』

映画『パリ13区』


© ShannaBesson © PAGE 114 - France 2 Cinéma

監督:ジャック・オディアール Jacques Audiard
脚本:ジャック・オディアール、セリーヌ・シアマ、レア・ミシウス Jacques Audiard, Céline Sciamma, Léa Mysius
エミリー:ルーシー・チャン Lucie Zhang
ノラ:ノエミ・メルラン Noémie Merlant

2022年4月22日(金)より新宿ピカデリーほか全国順次公開中

配給:ロングライド

[公式HP]longride.jp/paris13/

 カンヌ映画祭常連の名匠ジャック・オディアールが、『燃ゆる女の肖像』で注目を浴びた女性監督セリーヌ・シアマを脚本に迎え、パリの若者たちの不安定な恋愛を乾いたタッチで描きだす。

 高層住宅や中華系の商店が立ち並ぶパリ13区。その一室に住む台湾系フランス人のエミリーは、定職に就かず、コールセンターのアルバイトで生活している。ある日、彼女のもとに、ルームシェアを希望するアフリカ系フランス人男性の高校教師カミーユが訪れる。二人はすぐにベッドを共にするが、それだけの関係だ。同じ頃、ソルボンヌ大学に復学した30代女性のノラは、思い切って学生同士のパーティに金髪のウィッグをつけて参加する。しかし、その姿が有名なポルノ女優、アンバー・スウィートに似ていたため、ノラはアンバーと勘違いされ、大学を追われる。ノラが不動産会社の求人に応募すると、そこには一時的に友人の会社を任されたカミーユがいた。カミーユはノラに好意を持ち、ノラもそれに応えようとする。その一方でノラはアンバーのアダルトサイトにアクセスし、彼女に身の上を話すうち親密な関係となっていく……。SNS時代に生きる若者たちの孤独や、多様化する性のありようを、モノクロームの美しい映像で綴る。『燃ゆる女の肖像』で主演を務めた女優ノエミ・メルランがノラを演じている。原題Les Olympiades(レ・ゾランピアード)はパリ13区の高層マンション街の地名。

【シネマひとりごと】

 ジャック・オディアール監督は毎回作風を変えて観客を驚かせてくれる。不動産業の裏社会に生きる青年の夢と葛藤を描いた『真夜中のピアニスト』で鮮烈な印象を与え、両足を失ったシャチ調教師の再起を描いた『君と歩く世界』で観客を大いに感動させた。そして、内戦下のスリランカを逃れた男の骨太な社会派ドラマ『ディーパンの闘い』ではカンヌ映画祭パルムドールを受賞した。これほどさまざまな主題を扱い、しかも器用に作り上げてしまう職人的監督は珍しい。だが、どの作品にも共通しているのは「スタイリッシュ」だということ。とにかく画面がかっこいいのだ。本作『パリ13区』も、モノクロで撮影すると決めたその職人的な映像感覚に脱帽する。かつて筆者は、13区の、まさに本作に出てくるような高層マンションに住んでいた。マンションにはベトナムやイランなどさまざまなルーツの人が住んでいたが、アジア系と分かると、「シノワ」とひとくくりにされることが多いのは仕方ない。周辺には赤や黄色を基調とした中国系のレストランや商店が並び、旧正月ともなると長さ何メートルにもわたる龍がチャイナタウンを練り歩くお祭りがある。そうした派手な極彩色の景色をあえてモノクロで撮った本作を見ると、「ここは本当にパリなのか?」と錯覚してしまう。おなじみの重厚な歴史建造物はなく、不思議な異国的雰囲気につつまれた斬新なパリがそこにある。このスタイリッシュな映像にセリーヌ・シアマの脚本も負けていない。今や百合映画の隠れたバイブルと言われる『燃ゆる女の肖像』のねっとりとした恋愛から一転、本作ではSNSから生まれた、現代的な恋愛をシアマらしい繊細さで描いている。オディアールとシアマのコラボレーションは映画ファンにとって僥倖だ。

◇初出=『ふらんす』2022年5月号

『ふらんす』2022年5月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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