オゾン監督が安楽死を選択した父とその娘たちの葛藤を描く『すべてうまくいきますように』
映画『すべてうまくいきますように』
© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES
監督・脚本:フランソワ・オゾン François Ozon
エマニュエル:ソフィー・マルソー Sophie Marceau
アンドレ:アンドレ・デュソリエ André Dussollier
クロード:シャーロット・ランプリング Charlotte Rampling
2023年2月3日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、Bunkamura ル・シネマ他全国順次公開
配給:キノフィルムズ
[公式HP] ewf-movie.jp
フランソワ・オゾン監督が、安楽死を選択した父とその娘たちの葛藤を、ときに巧みなユーモアを交えて描いたスリリングな秀作である。
小説家のエマニュエルのもとに、85歳の父アンドレが脳卒中で倒れたとの知らせが入る。妹と病院にかけつけると、一命はとりとめたが、父は体が不自由になっていた。アンドレは芸術を愛好し人生を謳歌してきた自由人だ。自分の体が思うようにならなくなったことに耐えられず、娘たちに安楽死させてほしいと頼む。エマニュエルは思いとどまらせようとするが父の決心は固く、スイスの尊厳死協会と連絡をとる。一方、アンドレはリハビリで回復の兆候もあり、孫の演奏会を観たり、元気を取り戻したように見えた。だが家族の思いをよそに、アンドレはスイス行きの日取りを決めてしまう……。オゾン監督は、父親の死の決意を受け入れられない娘の痛切な心情を、深刻になりすぎないタッチで描き出し、生の意味を問いかけている。娘エマニュエルをソフィー・マルソーが演じ、重鎮アンドレ・デュソリエが父に扮している。さらに、シャーロット・ランプリングやハンナ・シグラら円熟の名優陣が脇を固める。『スイミング・プール』の脚本家エマニュエル・ベルンエイムの自伝小説を基にしている。原題はTout s’est bien passé(すべてうまくいった)。
【シネマひとりごと】
本作は、『母の身終い』『92歳のパリジェンヌ』など安楽死を扱ったフランス映画に新たな1章を刻んだ。先ごろジャン=リュック・ゴダール監督も同じ方法で死を選んだのは大きな衝撃だった。日本でも数年前、安楽死を選択してスイスに渡った女性の記録がテレビ放映され、この死の方法が知られ始めている。病や心身の衰えで「自分らしく生きられない」ことをやめたいという気持ちは尊重されるべきだろう。一方で残される家族の苦悩を考えると、身勝手な振る舞いと判断する人もいるはずだ。本作は、この問題を残される家族の側から描き、父の意志を尊重したい気持ちと、生きていてほしいと思う心のせめぎあいに真摯に迫っている。だが、悲壮な死別ではなく、死ぬ気満々のわがまま老人をケレン味なく撮っていて救われる。演じたデュソリエがとにかく素晴らしい。怒りっぽいがユーモアがあり、お洒落で、可愛いギャルソンに目がないというオゾン好みのキャラクターを率直に演じている。その妻に扮するのは、オゾン映画ではおなじみのシャーロット・ランプリングだが、これまた怖い無表情演技が冴えわたっている。そして、かつて日本でも『ラ・ブーム』で人気アイドルとなった、あのソフィー・マルソーが、56歳の魅力的な姿を披露してくれた。元夫のアンジェイ・ズラウスキー監督の奇天烈な趣味により、18歳のときに『狂気の愛』で突如過激なヌードで体当たり演技に挑んだソフィー。突然の転身にファンはついていけなかった。そのショックたるや、性依存症の女性を描いたラース・フォン・トリアー監督作『ニンフォマニアック』のシャルロット・ゲンズブールや、『花宵道中』の安達祐実の花魁を大きく上回るものだった。オゾン監督の青春時代のアイドル、『ラ・ブーム』のソフィーがこの映画で甦ったことが何よりも嬉しい。
◇初出=『ふらんす』2023年1月号
*『ふらんす』2023年1月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。